シークレットクラッシュ
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由香は困惑していた。
和真に無理矢理に腕を取られ連れてこられたのは、昔よく四人で遊んだ公園だった。
そして現在。
由香は一人でベンチに腰掛け、ちょっと待ってろと言いどこかへ行ってしまった和真が戻って来るのを待っていた。

「ほら」

背後からぶっきらぼうな声が聞こえたかと思うと、唐突に頬にひんやりと感触が訪れた。

「ひっ……!?」

思わず体に震えが走り、何事かと眉を潜めながら背後を振り返る。
そして見たのは、コーラの缶を両手に持ち、腹を抱え爆笑する和真だった。

「お前……!今時そんな古典的なリアクションする奴いねーよ!!」

笑いすぎたせいか涙目になっている和真をムッとした顔で睨みながら、由香はもぎ取るように和真からコーラの缶を奪取した。

「……あり……がとう」

「別に」

返ってくるのは素っ気ない言葉だけ。
由香が黙ってコーラの缶を両手で握り締めていると、横に和真が腰掛けてきた。
ひんやりとした手の中の感触が無性に心地いいのが尚腹立たしかった。
横に座る和真は片手を背もたれの上に乗せ、足を組み、かなりふてぶてしい。
横に縮こまりながら座る由香とは対照的だ。

夕暮れ時、公園で遊ぶ子供達の声だけが木霊する。
何でこんなところに突然連れてきたんだろうと、ちらりと横に座る和真の横顔を盗み見る。
と、ばっちり音を立てて不機嫌そうな顔をした和真と目が合ってしまった。

「なんだよ」

「な、何でもない……」

「飲まないのか、それ」

指摘され、今の今まで缶を握り締めたままだった事に気付く。
プルタブを明け、口の中にコーラを流し込む。何となく、心の中でもやもやとしていたものが少し流れ落ちた気がした。

「答えは出たか」

顔を上げると、今まで見たどんな顔より真剣な和真の顔が目に入ってきた。
そして、ようやく気が付いた。
和真はハンターとして、青桐由香の回答を聞きたかったのだと。

それならば、もう答えは出た。
キャロラインの前で宣言してしまった。
その答えを今更変えることなんて出来はしない。

「私は……キースさんを……選ぶ」

辿々しいが、決意を感じさせる由香の答えを聞いた和真は、どこかほっとしたように表情を少しだけ緩めた。

「それでいい」

目を閉じ、心底安堵したように呟いた言葉を噛み締めるように、和真は自身が持っていた缶を開け、ごくりごくりと液体を喉に流し込んでいった。

「お前は間違ってない」

ジュースを飲み終えた和真の目の奥には、どこか殺気だったものがあった。
空寒いものを感じさせる冷え冷えとした顔に、嫌な予感がした。
だが、具体的に何なのかは分からない。
ただ分かるのは、和真が考えている事は間違いなく穏やかな解決策ではないのだろう、という事だけだ。

「お前が選んだって言っても、もう一人のお前を花嫁にしたがってる吸血鬼はまだ納得してないんだ。その自覚を持てよ」

軽く拳で頭を小突かれた。
そうか、和真はまだ知らないのかと、ロザリアに思いを馳せる。
彼女は言った。

由香の幸せだけを願っている。
幸せになって。

泣きながら言った少女は、確かに由香の背を押してくれた。
だが、ここで反論しても和真の反感を買うだけだろうと、由香は無言で頷いた。

「選んだって言うぐらいなんだ、何か行動を起こす気はあるのか。お前」

「それはその……とりあえず……今週の日曜にデートを……」

「まあ、いいんじゃねーの。と言う事は、目先の問題は叶夜か」

和真の言う通りなのだ。
本当に、兄になんと説明すればいいのか。

「友達と遊びに行く……とでも誤魔化すしかないか」

「うん」

「俺も一緒に言い訳は考えてやるから、帰ったら叶夜に話すか」

わしゃわしゃと誤魔化すように頭を掻き撫でられた。
こうしていると、小さい時を思い出す。
ドジだった由香は子供の時はよく転んだ。
その度、おぶってもらったり、頭を撫でてもらったりして和真に何度も励まされてきた。

「本当に、ありがとう」

「なんだよ突然気持ち悪ぃ」

顔を逸らし言う和真は本当に辟易しているように見える。
だか、それすらも照れ隠しなのだろうか、と由香は微笑んだまま

「なんだか、いつも助けられてる気がして」

と、言葉を零した。

「思い上がるなよ」

そう言われ、頬を引っ張られるも、本気ではないのかあまり痛くはない。
何だかんだ言いながら、やっぱり和真は昔と変わっていないんだなと、由香は心の底から笑みを浮かべた。

「とりあえず、俺達が二人で抜け出してきた言い訳を考えるか。どうせ、あいつの事だ。妹を唆したな殺す!とか言ってくるだろ」

「唆すって……」

「残念ながらシスコンフィルターに掛かるとそう見えるらしい」

「……シスコンフィルター」

あながち間違っていないあたり、何も言い返せず、由香は苦笑を浮かべ心の中で叶夜に対し謝罪した。

「よし、行くぞ」

和真が唐突に立ち上がり、由香に手を差し伸べてきた。

「行くって……!わっ……!」

由香に有無を言わせず、此処に来た時とか同じように無言で手を引き和真は走り出した。
そうして走ること数分。
連れてこられたのは商店街にある物凄くファンシーな雑貨屋だった。

「えっと……」

「買い物に付き合ったっていうのが一番辻褄が合うだろ。という訳で、なんか買って来い。俺は外で待ってる」

腕を組み言う和真は僅かに頬が赤かった。
こんな所にはまず女の子しか来ない。
男が来たとしても、女の子と一緒、ようするにカップルでしか来ないだろう。
外から店内を見ても、中には女の子しかいない。店員も当然女性だ。

だがしかし、非常に言いにくいのだが

「あのね、その……。今財布持ってないっていうか……」

「はあ!?」

ご飯はいつも茜から弁当を貰っているし、近所なので徒歩で高校には通える。
従って、和真には悪いが財布を持っていない率のほうが高い。

そうして、外で散々もめた結果。

「……なんで俺が」

「ごめん」

何故だか一緒に入る事になってしまった。

「恥曝しだ死にたい勘弁してくれ」

「……ごめん」

横にいる和真は真っ赤になりながら頭を抱えている。
和真にも悪いしさっさと選んでしまおうと、所狭しと並べられている商品を見回す。
出来るだけ安いものを探さなければと、値札と睨みあいを続ける。

「ねぇねぇ、あの人かっこよくない!?」

「だねー!でも横に女の子いるよ?あれ、彼女かな」

聞こえた声に思わず背後に立っている和真を注視してしまう。
和真にも少女達の声が聞こえたのか、何も聞いていませんよー、という体を保ちながらも、不自然なまでに赤く染まる頬は欺けなかったようだ。

「……ごめん」

「……いいから早くしてくれ」

無言で頷き、棚に視線を戻す。
すると、ある一点に目が止まった。
ピンクな内装に似合わずシンプルなそれは、可愛らしい商品達の中で異臭を放っていたように見える。

それはシンプルなブレスレットだった。
黒いレザー生地にワンポイントに十字架のチャームがついている。

ちらり、と背後の和真を盗み見て、なんとなく和真のイメージはこんな感じだなー、と小さく笑いを零す。
値段もお手ごろだ。
和真の財布の負担にはならないだろう。

(帰ったらちゃんと和真にお金返そう)

「お前そんな趣味だったか?」

「うん、これでいいの」

不敵に笑い、二人でレジへと向かう。
会計中、やたらと店員の目線が生暖かいというか痛かった気がするが、それには目を瞑る事にした。

そうして店から出て、由香はブレスレットの入った袋を和真に差し出した。

「今日はその……あ、ありがとう。お、お金はちゃんと返すから……その、どうぞ!」

和真は袋を見たまま固まっていた。
やがて、わなわなとうち震えたかと思うと

「馬鹿かお前は!!」

と、大声で由香を怒鳴りつけた。

「お前の買い物に俺が付き合ったって設定なのに俺にプレゼントしてどうする!?」

「あ、ご、ごめ……」

謝ろうとして、眼前にある和真の顔がやたらと赤い事に気が付く。
ぜえはあと息を切らす顔は不服気だが、なんとなく嬉しそうに見えない事はない。

「……待ってろ」

「え?」

和真は溜息を吐き再び店内に一人で戻ると、数分もしないうちに袋を持ち出てきた。
そして、無言で由香に対してそれを押し付けてきた。

「やる」

「え」

「金はいい、黙って受け取れ」

「で、でも」

「いいから貰っとけ!!もういいだろ!帰るぞ!!この鈍感女!!」

怒鳴り、由香から無理矢理ブレスレットが入った袋の方をもぎ取ると、和真はぶっきらぼうにそれを制服のポケットに突っ込んだ。

そうしてずかずかと由香の顔を見ないまま、和真は歩いて行ってしまった。
それを必死に走り追いかけながら、由香はどことなく和真の耳が赤い気がするなと思ったが、大幅に歩く和真を追うのに精一杯でそこまで考える余裕はなかった。
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