6.反目



「つくづく、貴方とは気が合わないわ」

レボルトの胸を突き飛ばした自信の両腕を無表情に見下ろしながら、イヴはぽつりと言葉を零した。

この男といると苛つく。
無性に腸が煮えくり返り、ぶん殴ってやりたくなる。

「……それでも、君は俺を頼るさ。今、誰のもとにいるのが一番得策か。……賢い君なら、分かるよね」

それが分かっているから、余計イライラした。
レボルトは、番人だと自分を称した。
そして、おそらくだが、イヴを元の世界に返すことに、現状最も協力的な人間だ。

「私には、緋人に頼るっていう選択もあるわよ」

顔を上げ、無表情のままレボルトの顔を覗き込んだ。
イヴの勘では、緋人も味方。
彼は、理性を失っているようには到底見えなかったし、まともそうだった。
きっと、緋人も迷い人なのではないかと思う。
そうでなかったとしても、少なくとも、精神面的な意味で目の前のこの男よりはよっぽどましだということに、変わりはない。

「そうだね。でも、彼がどこにいるのかはわからないだろう?」

「ええ、でも、貴方はここの番人なんでしょ?……迷い人を一人見つけ出すくらい簡単なんじゃないの」

「どうだろう?もしも彼が、帰りたいと望んでいるのなら会えると思うけど、そうじゃなかった場合、俺の存在は認知すらされないよ?」

レボルトの物言いがやけに引っかかった。
それではまるで

「……緋人が、帰りたくないとでも思ってるってこと?」

「さあね?そんな事、俺の知る事じゃないさ」

恐る恐る尋ねたイヴに、レボルトは不気味に笑ってみせた。

「それよりも、今は君の脱出をお手伝いするのが先決だ。……ねぇ、君はどうして帰りたいと願う?」

レボルトの問いかけにイヴは1人息を飲み込んだ。
どうして。
言われてみれば、どうして、そこまで切迫して帰らなければと思うのかわからない。

「それは……ここにいるのが嫌だから。ここは、気持ち悪いから、だから帰りたい。それに私は、現実逃避をしたくない」

そんな事を言ってみたが、失われた記憶は戻らず、以前の自分がなにを思い、なにに縋っていたのか、全く予想もできない。

「現実逃避ねぇ……、君は、なにから逃げてるの?」

「………わからない」

「……楽園から脱出する条件はただひとつ。心から、ここにいたくない、現実に戻りたいと願う事だ。そう思えば、今すぐにでも俺の助けで戻してあげられる。その為には、君の記憶を戻す事が先決かな」

そう言うと、レボルトはパチンと笑顔で指を鳴らした。
その瞬間、イヴの体がうっすらと消え始めた。

「ちょっ!?どうなってるの!?」

「これから、君を楽園の中に戻す」

なにを言っているのかと思った。
トチ狂ったのかと、そう思ってしまった。
楽園の中は神のテリトリー。
そこにいけば、きっとユウに会ってしまう。
それは、恐ろしすぎた。
次に会ったら、きっと殺されてしまう。

「正気!?」

「正気正気。楽園は、人の本能を解き放つ場所だ。きっと、楽園をうろうろしていれば、そのうち記憶は戻ってくる」

「だからって!!」

不安に震え叫び出すイヴに、レボルトは顔から不気味な笑みを消し、気遣うような表情を浮かべた。

「ねぇ、イヴ。ひとつ、心に刻んで欲しい」

そして、身体の半分が透明になり消えかかっているイヴの腕をそっと掴むと、レボルトは唐突に彼女の唇を奪った。

触れるだけの、ほんの一瞬の口付け。

初めての口付けは、気味の悪い場所で気に食わない、顔だけは無駄に整った男とするという、なんとも他人が聞いたら気の毒に思うようなものだった。

だが、不思議な事にそれ程嫌というわけではなかった。

黙っているのも恥ずかしいというか癪なので、そのまま、罵倒してやろうと思ったが、彼の表情を見ていると、なにも言えなくなってしまった。

「忘れないで。君は、君だ。だから、……どんな事があっても自分を見失うな」

初対面の筈だ。
なのにどうして、この人は

時々、本気でイヴを愛しているような眼差しで見るのだろうか。

「貴方は…………よく、分からないわ」

言えたのはそれだけ。
もう、首から上が辛うじて見えるぐらいしか残っていない時に、口に出来たのは、突き放すような言葉。

それから、すぐに体全体が消え、部屋には主だけが残された。

一人虚空を見つめていたレボルトは、ただ静かに笑っていた。

「ずっと君の、帰りを待っている」

たとえ、彼女が自分の中の恐怖に負け狂ってしまったとしても、それでも

「待ってるよ、――」


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