『小さな聖堂と何も持たない男』前編

※暗いです。



ある町に、ふらりと若い男が現れました。
不審に思った町の住人が男に問いました。

「お前は誰だ?どこから来た?」

男はひどく混乱した様子でした。

―ここはどこだ?何が起こったんだ?

そう言って取り乱すばかりでした。
そんな男の様子にすっかり困り果てていると、住人たちのひとりがこう言いました。

「そうだ。丘の上に連れて行こう」

周りも「そうだ」「そうしよう」と賛成の声を上げ、男は混乱しながらも住人のひとりに手招きされてついていきました。

町の外れの丘の上。
そこには今にも崩れ落ちそうな聖堂が建っていました。

町の人はノックもせずに乱暴にドアを開けました。

「おい!今日からこの男の面倒も見ておけ!問題を起こすなよ!」

そう言い放つと、町の人は踵を返し足早に立ち去りました。男は置いてけぼりです。
男はおそるおそる、聖堂の中に足を踏み入れました。
屋根に穴が開いているのか、天井から光が漏れています。

聖堂には、石でできた祭壇がありました。元は精巧な紋様が彫られていたのでしょうが、ところどころ欠けて古びていました。

「どなたですか?」

聖堂の奥の扉が開き、そこに一人の痩せた少年と、その後ろに隠れるように二人の幼子がいました。

男は少年に説明しました。
気が付いたら町にいた。困っていたところ、この聖堂に連れてこられた、と。

「気が付いたら町にいた?それは一体…」

男にも分かりませんでした。男はまるで遠い世界に突然迷い込んだようだと言いました。

「そうですか。…あなたの事情の真のところは分かりかねますが…町の人に連れて来られたならここで暮らすしかないでしょう」

少年は男に同情するようにそう言いました。


聖堂の奥に住居部分があり、台所と食堂、そして黴の臭いがする寝室がありました。
幼子たちは男に興味があるのかちらちらを視線を送りますが、恥ずかしいのか警戒しているのか男には近づかずに少年の足にまとわりついています。

―可愛い弟たちだな。

男が少年にそう言うと、少年は首を振りました。

「血は繋がっていません。ぼくたち、三人とも」

粗末な夕食を摂り、幼子たちが寝付いたあと。少年は教えてくれました。

幼子のうちひとり。母親は町の厄介者で、子どもを産んだあとに死んだ。父親は誰か分からず、母親に身内もいないため、この聖堂に置いていかれた。

もうひとりの幼子。両親はどこか別の町から流れて来た夫婦だった。当初は人の好い夫婦だと思われていたが、いい金儲けの話があると詐欺を働く夫婦だった。捕まったが裁きが下る前に二人とも病で死んだ。ただ、本当に病かどうか分からない。看守も詐欺にあったそうだから。
そして残された幼子は、この聖堂へ置いていかれた。

「ふたりとも、親がよい人間であれば町の孤児院に入れてもらえたんでしょうけど」

少年は悲しそうに呟き、そして自分のことを語り始めました。

「ぼくの母親は、この町の商人の娘でした。そして、町の聖堂の神官の婚約者でした。…ですが、母は結婚前に巡礼に出た先で、他の男性と結ばれました。この町に戻って来た時に、お腹の中にぼくがいたそうです」

「母はぼくを産んだあと、産後の肥立ちが悪く亡くなったそうです。父親のことは分かりません。ぼくを育ててくれたのは、町の聖堂に長く務めた修道女さまです。今の話も、その修道女さまに聞きました」

「この丘の上の聖堂は、この町ができた頃に建てられたと聞いています。町に立派な聖堂ができたあとは放置されていたそうですが…不憫に思った修道女さまがぼくをここに連れてきて育ててくれました」

―その修道女はどこに?町に戻ったのか?

「いいえ。今は、この聖堂の裏手にある墓地で眠っています」

この丘の上の聖堂は、町の邪魔者がひっそりと暮らす場所。
そんな場所だったのです。




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