気まぐれ部屋 | ナノ




始めて外で遊びまわった時、日の当たる場所に居過ぎて倒れ火傷をした。

――心配から周囲をぐるぐると歩き回る家族や近所の子を見て、申し訳なく思った。

始めて肉を食べた時、腹の底から吐き気が込上げてきて吐瀉物を撒き散らした。

――毒物を食べさせてしまったと慌てる親を見て、雑食になると誓った。

始めて風邪を引いた時、毛深い家族ばかりで熱苦しく添い寝を拒否した。

――冬が近付いてると言うのに剃ろうとした皆を見て、我慢の概念を覚えた。

始めて狩りに付き添った時、日向に気を付けていたら怪我を負って泣き喚いた。

――怪我の箇所を舐めて直そうとする親の献身を見て、強くなろうと決意した。

始めて告白された時、こっ酷く振ったら罵倒されて立ち竦んだ。

――雌には優しくするもんだと困った顔で言う親を見て、階層構造を感じた。

始めて己は人間だと思い知った時、疎外感に打ちのめされた。

――荒れた自分を山の皆が優しく受け入れてくれたのを見て、種族は関係ないと知った。

始めて狩りを成功させた時、友達を殺してしまった事に恐怖した。

――気にする必要はないと言う家族を見て、考えの違いはあるのだと察した。

始めて山の皆に反抗した時、何故命は生まれ無慈悲に無くなるのだろうと苦悩した。

――満月の夜に久しぶりに家族全員で寝る姿を見て、これを失いたくはないと祈った。





「"皆、久しぶり"」

生物の気配が感じられず、思い思いに草が伸び茂った野山に似つかわしくない人工的な墓に生えた苔を一瞥し、気が済むまで何度も磨いて綺麗にしてから顔を上げる。

「"兄さん"」

青色だけで出来た花束を一つ。

「"姉さん"」

黄色だけで出来た花束を一つ。

「"父さん"」

赤色だけで出来た花束を一つ。

「"時間があいちゃうから毎回掃除が大変なんだよなぁ"」

溜息を吐き肩を竦めてから、シルクハットを外し胸に当てた。

「"俺を家族にしてくれて、ありがとう"」

「"守ってくれてありがとう"」

「"育ててくれてありがとう"」

「"愛してくれてありがとう"」

此処にいる間は人としての柵が消え失せる。
家族がいる野山が愛おしい。野山がある国が愛おしい。国がある地球が愛おしい。地球がある宇宙が愛おしい。宇宙がある世界が愛おしい。
連鎖的に全てを慈しむ事が出来る。まるで神にでもなったかのようだった。

「『俺は人間として生きるし、きっと人間として死ぬ。でもさ、最期には此処に戻ってくるよ。此処で、この墓で眠るんだ。昔みたいに家族皆で雑魚寝をやれるね』」

煩わしさを感じる柵も慣れたもの。まだまだやりたい事は山ほどある。
この場所で眠る事は恐らく、当分はないだろう。



「"それじゃあ、また"」


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