気まぐれ部屋 | ナノ




※「シカゴから来た男」前日談。当人は出てきません。



『ランディ・ホーク来日』
『ポールとアニーのアニマルショー!』
『三年ぶりに日本で公演!』

阿笠邸にて。新聞に書かれた内容を読み終えたコナンは相対するソファに座り紅茶を飲んでいる哀に声をかけた。

「おめーも行くんだよな、これ」
「ええ、そうよ。博士と貴方を放っておくわけにはいかないもの」
「ほーん」

やや気に障る言い方をスルーし、ガラス張りの机に新聞紙を放り投げる。
ごろりとソファに寝転がり、首の後ろで腕を組んで枕代わりにしながら手持無沙汰に天井を見つめた。

「アニマルショーねえ……」

アニマルショーと言えば、思い出すのはあの日の事だった。

「……何か気になる事でも?」
「いや、気になるっつーかよお」
「なに。何かあるなら言ってちょうだい」

哀の語尾の強い言葉に身体を起こしながら頭を掻く。
この調子の哀を雑に扱うともっと面倒になるという経験則から素直に話す事にする。

「おめーが転校してくる前にアデルさんっつーイギリス人と知り合ってな」
「殺人事件でかしら」
「……いや、そういうわけじゃ」
「へえ、じゃあなにで知り合えたの」
「…………光彦の奴は偶々朝外出した時に公園で」
「あ な た は ?」
「……米花サンプラザホテルで」
「で」
「その人に殺人容疑かかってたから、助けた」
「ほらやっぱり」
「うっせえなあ!」

ふんと鼻を鳴らす哀にびきりと青筋を浮かべるが、図星である事に違いはなくわなわなと震えて何とか耐え凌いだ。

「それで、そのイギリス人とアニマルショー、関係あるの」
「ああ……あの人、良い人だったから俺達少年探偵団と眠りの小五郎に礼がしたいって言ってきたんだ」
「それでアニマルショーに連れて行ってくれたと」
「いいや。あー、まあアニマルショーも見たんだがそれが本命じゃなくて、蘭と園子も一緒に動物園に連れて行ってもらったんだ。アニマルショーはその動物園の催しの一つだったんだよ」

喉が渇いてきたので一旦話を区切りお茶を一口飲む。

「アデルさんは獣医師をしてるんだがそれも結構凄い人らしくてよ、動物に関する経営コンサルタントもしてて遊びに行った動物園にも関わってたんだ」
「ふうん」
「で、アデルさんがコンサルティングしてから始めたアニマルショーがそりゃもうハイレベルでさぁ……動物園じゃなくてそれ専門のショーとして見せても十分やってけるだろって感じだったんだぜ」
「専門のって言いすぎじゃないの?」
「いや、マジなんだって。なんつーか……飼育員と動物が本当に信頼しあってる絆が感じられたんだよ」
「……へえ」
「俺も他のアニマルショーをそう何回も見たわけじゃねえからなんとも言えねえが、あれは間違いなくそう簡単見れるもんじゃねえ。その証拠に杯戸動物園は大繁盛、テレビの取材も来たって話だ」

コナンの話を所々に相槌しながら聞き、紅茶のカップを空にした哀は足を組み直して口を弧の形に歪めた。

「明日のアニマルショーであの子たちがガッカリしないか心配ってこと」
「べ、別にそんなんじゃ……」
「お優しい事で」
「そんなんじゃねえって!」
「不安がることはないわよ。ポールとアニーのアニマルショーだってかなりの評判じゃない、テレビも新聞も大幅に持ち上げてるわ」
「……まあ……」

そうだな、とコナンは小さい声で同意する。杯戸動物園との契約を終えたアデルは別れを惜しみ涙ぐむ光彦と連絡先を交わし、既に母国イギリスに帰国している。コナンは数回ばかりしかアデルと会っていないが、その数回だけで人柄が良いことは理解できた。

犯人だと一番疑われていたにも関わらず殺人現場をうろつく小学一年生を心配し現場から連れ出そうとしていたし、コナンの麻酔銃で作り上げた眠りの小五郎にも上等なワインを送り、娘というだけの蘭と娘ですらないただの友達の園子も一緒に動物園で面倒を見てくれた。

アデルさんから返信が来たと光彦から嬉しそうに言われる事もあるので、きっと二人の国際交流はこれからも続いてくんだろうな、と微笑ましく思う。

「それと一つ聞きたい事があるんだけど」
「あ?んだよ」
「その人、もしかして名字はディアス?」
「ああ、確かそうだ。アデル・ディアス。……なんで知ってんだ?」

不可思議そうに哀を見ると、無言でパソコンを起動させネット検索でとあるページを開きコナンが見えるように前に差し出した。

『アデル・ディアスがレイヴンマスター育成者に就任!』
『ミスターディアス、ワタリガラスの人工繁殖に成功』
『ワタリガラスの調教により、観光客の被害が減少』

イギリスのニュース新聞が載っているサイトの一ページにはアデルの活躍が書かれた様々な記事が設置されていた。今、パソコンに表示されている部分を見る限りでは烏に関しての報道ばかりみられる。

スクロールをして他の記事をみてみれば、手の施しようがないと診られた難病にかかったイルカを救った話や、先程の話でも出てきたアニマルショーのスポンサー役であるランディ・ホークとは旧知の仲であるといった事も載っていた。

「お前、アデルさんのファンなのか」
「違うわよ」
「じゃあなんだよ?」
「しっかり聞きなさい、実は――」

「えっ38!?あの人母さんの一つ上だったのかよ!」

衝撃で思わず話を遮り、外国の人なのにまったく老けて見えねえ、とアデル・ディアス(38歳・独身男性)と写っている記述を何回も読み直す。

「母さんもだいぶ若作りだけどあの人もだいぶ……若く見える作りのアジアと違って欧州の人な分アデルさんの方が……いででえで!」

ぎりぎりぎり、とコナンの頬が強く引っ張られた。

「悪い、悪かったって」
「次は無いわよ」
「おう」
「実は、アデル・ディアスを組織に入れようとする動きが一時期あったの」
「なんだって!?本当か、灰原!」
「安心して。本当に一時期だけだったし、組織が欲しがってる能力とはまた違うだろうって事で誘拐の話は企画の初期段階で流れたから」
「そうか……」

ほっと安心するコナンの様子を真剣な瞳で見つめる哀。

「でも、なんでまたアデルさんを?」

黒の組織が欲しがっている能力も分からないが、例え一時期のみであってもあの黒の組織に引き込まれる話が上がる程の能力をアデルが持っているかも分からなかった。

「私も詳しくは知らない……けど、アデル・ディアスは本当に動物と会話する事ができるんじゃないかという噂があるから、その方面での戦力が欲しかったんじゃないかしら」
「その方面って、どういう」
「諜報よ。貴方だって、例えばあそこの窓に小鳥が止まって私たちの会話を聞いてても警戒しないでしょ」
「……確かに」

小型カメラや盗聴器が仕掛けられ居ないか心配する事はあっても、鳥に秘密の話を聞かれた事自体を焦る人はいない。だが、もし探りにいった場所で話されていた内容を記憶するほどの能力が鳥にあれば。或いは、訓練を施しそれが出来る程能力を高められれば。探りを終えた鳥の諜報活動の結果を聞きとる事が出来る能力を持つ者がいるとすれば。

それは間違いなく、防ぎ難い一つの凶器になる。
それを実用化する事が出来れば、の話だが。

「すげえ現実離れしてんなぁ……」
「あら、そんなの今更よ。鏡を見てみたら?」
「これは化学の結果だろ」
「ま、そうね。動物と話せるわけがないだろうという事でこの話も流れたのよ。そんな御伽話を信じるくらいなら動物用の声紋分析器を作った方が現実的だし」
「はは……だろうな」

そういえばどっかの会社が犬の鳴き声を解析する機械を製作中って新聞で見た事あんな、と思い出しながら頷く。

「組織が色んな逸材に手を伸ばしてると言う事を忘れないでね、江戸川君」
「ああ」

――あの時、とても優しげな顔と声色で動物を愛していると言ったアデルさんが冷酷非道な黒の組織に利用されなくて良かった、と安堵しながらコナンはまた黒の組織を壊滅する意欲が上がるのだった。


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