室千
なにもアンタ、と布団の中から放った口調は知らずに荒くなった。それでも相手は先輩だといった思いも捨てきれないのが室町だった。その語気も知らずに尻すぼみに、しかしつっけんどんな態度は失われない。
「わざわざ家まで来ることないじゃないですか」
「えー、俺と御徒町くんの仲じゃない?」
どうだか。室町ですといちいち訂正するのも面倒で布団を被り直した。おおいと彼が言うのも聞かずに室町は壁に向いた。
「嬉しいくせに、素直じゃないねぇ〜」
茶化すように布団をつつかれて、あんたは何もわかってないくせにと言い返してしまいたくなる。当然言えるはずもなく、実際口から洩れるのは小さな否定くらいなものだ。
やれやれと彼は肩をすくめた。そうして彼はこのまま帰るだろうかと室町が目を細めたとき、背中に奇襲をかけられた。
「……千石さん」
「何かな?」
「俺、病人なんですけど」
「そうだね」
だから俺も先輩として心配して来たわけだけど、と彼はうそぶく。そうですか、と室町は声を震わせた。
「そういう人がその病人を枕にしてんのはどうなんですかね」
「だって室町くん構ってくんないんだもーん」
唇を尖らせながら千石は室町の顔を覗き込んだ。不機嫌そうな瞳と目が合って数瞬、千石は吹き出した。
「なんなんすか」
「いや、相変わらず見事な日焼けだと思って」
改めて見るとこう、クルよね、なんか。そう言う声も震えていては怒る気力もなくなる。そもそも、室町は風邪を引いて朝から頭もよく動かないのだ。
もう帰ったらどうですか。室町はそれを発する機会を逃した。やっぱり熱あるね、と相変わらずどこかのんびりした声が降るのをただぼんやりと聞いた。
「あれ、どうかした」
「……移りますよ」
「大丈夫、俺ラッキーだから」
そういう問題かよと思った言葉は結局胸のうちに留まった。本当にこの人は、こんなときでも心臓にわるい。
21st.Jul.2011
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