ラオトキ

 それは愛だ。
 偉そうに自分が口上をたれたことを、トキは折に触れて思い出すことがある。
 ユリアを手に入れたい。横にいれば良いと兄は言った。それが愛ではなく、支配だと彼は笑った。
 そうであるならば、今こうしていることは、愛か。支配か。そのどれでもないのだろうか。
 己の内部を、えぐるようにして満たされている。今は。
「っ……ぐぅっ……ラ、オウ……っ!」
「考え事か? ずいぶんと余裕があったようだな」
 トキを射抜く青い瞳が細められる。その瞳からうかがえるものが何か。愉快か不愉快か。
 すまなかったな、と続いた普段聞くことのない兄の言葉は、閏の外で聞ければ良いのだが、この場ではありがたくもなんともない。
「はっ……あ、あ……!」
 ひどく乱暴に穿たれる。鬼を殺すための杭でも打たれたのではないか。これが彼の弟の体でなければそのまま引き裂かれていたのではないかと思うほどの強さであり、荒々しさだった。
 痛みももちろんあるが、認めたくないような快楽もまたトキの身体を突き抜けていく。揺さぶられるたびに吐き出される無意味なあえぎ声に、ラオウが口角をあげる。
 確かに、支配はそのすぐ近いところにあるのかもしれない。そう思いながらも、未だそれは一致ではないとトキは手を伸ばす。
 奇妙だと感じながらも、兄の固い背中に手を回した。決して、自分はこの男に支配などされたことはない。
「に、いさん……」
 兄と同じ色の青い瞳から、涙が伝う。別に悲しいことなどないのに。かつて禁じられたそれもこの瞬間ばかりは見咎められることはなかった。太い指に掬われたそれを、ラオウがどうするのかまで、トキが見ることもない。


 小一時間ほど気を失っていたらしい。目を覚ましたときは修練をするのとは種類の違う体のだるさに顔をしかめた。それでも、弟たちや他の門弟が起き出す前に体を清めなければならない。
 部屋を出ると、薄く日がのぼりかけた遠くの空に飛行機が飛ぶのが見えた。旅客機が自由に行き交う時代でもない。偵察かあるいは空襲でも行うのかもしれない。いくら拳を極めようと、救えないものは当然にある。
 この世界の終わりは近い。少なくない人間がそう予感している。真似事のような医療行為が人々に感謝されるくらいだ。
 なぜこの場所に自分はいるのか。薄紫の雲を引き裂いて進む飛行機の影をぼんやりと見つめて、己の足の重さを思った。
 修練場で研鑽に明け暮れる。弱る人々に治療を与える。伝承者となる。その事たちに、自分がどれ程の意味をもってここにいるだろうか。
 兄を超えたいと思う。その兄と抱き合う。
 いずれも、意味などないのかもしれない。いまこの瞬間にもすべてが終わることもあるのだから。
「トキよ」
「あ、起きたのか。早いな」
 いつのまにかすぐ後ろに立っていた巨大な影に、トキは間の抜けた声を出した。おはよう、と一応挨拶をしてやろうとしたその声はそのまま飲み込まれることになった。
「……寝ぼけているのか?」
 閏の内でもないのに、唇を塞がれたのは初めてだった。ふん、と鼻を鳴らしてラオウは言う。
「うぬのつまらん考えをしているに違いないつまらん顔が、気に食わなかっただけだ」
 そんなことがあるか、とも言えずにトキもまた笑ってしまった。
 あまりにも不器用な兄に、自分もまたそういう弟だった。
 ただ此処に、こんな時間があった。これもまた運命であって、それを何と言うのかまでは追求すまい。




30th.Jan.2022

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