ラオトキ現パロ


 芳ばしい香りが鼻腔をくすぐって、ぼんやりと少しずつ頭が覚醒していく。これはキッチンから香っている。休日の朝だけはゆっくりと彼が豆を挽いているからだ。本当は毎日やれると思ったのに、意外と面倒なんだなと言い訳じみたようにこぼしていたのを覚えている。
 大きな身体を起こして、今朝はすぐにでもその姿を確かめたかった。少しだけ足早になりながら、寝室のドアを開ければ、自分ほどではないにしても長身の彼の頭はすぐに見えた。長い黒髪が揺れて、こちらを見て微笑んだ。
「起きたか。おはよう」
 柔らかい表情に、何故か妙にほっと息をついた。いつもどおりで、わざわざ安心するようなこともないはずなのに。
「なんだ、今日は…なんか、変な顔してるぞ」
「お前と兄弟の夢を見た」
 そう言うと、恋人はぽかんと口を開けた後、やがて堪えきれないように俯いて笑いだした。
「……そんなに可笑しいか?」
「すまない、いきなり……何だと思ったら」
 あははは、とまだ彼の笑う波は引く様子も無い。つい、顔を顰めてしまった。自分は彼より年も上なのに、大人げないことだとは思うのだが。
「……嫌か」
「良い、良いよ。あなたと兄弟、か」
 形のいい瞳がどこか遠くを見つめるように細められる。そんなことは、どこにもなかったはずであるのに。
「……どんなこと言ってた?」
「余りはっきりとは覚えていない」
「そうかあ。でも、あなたはきっと良い兄さんなんだろうな。そうだなあ。私は、きっと兄弟でもね」 
 ふふふ、と少し照れくさそうに彼が笑った。
「あなたが好きなんだろうな。いや、兄弟ならもっとかも」
「もっと、か……」
「何。今もだいぶ好きだろうって? 自惚れますねえ」
 肩に顎を置く、美しい横顔を見る。自惚れずにいられようか。絡み合った視線のこの熱を知っていて。わずかに上げてしまった口角の、端を逃さず捕まえられる。
「ねえ、兄さん。ちょっとだけ、兄弟になってみる?」
「戯けたこと。別に、今と変わらんではないか」
 戯れのように触れた唇を、今度はこちらから奪いに行く。頬を撫でると、満足そうに笑みを浮かべる弟。きっと夢でも同じだった。それこそ、兄でも恋人でも、どちらでも良かった。この男が自分を愛しているのなら。



30th.Jan.2022

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