大菊
「おーいし」
お願い、と小さく囁かれる。
手のひらをそっとその頬に添わせた。ふ、と息を吐きながら菊丸が瞼を伏せる。手のひらを少し滑らせて、つるりとした肌を撫でると、長いまつ毛に縁取られた瞳が三日月型に細められる。猫みたいだ、と毎度思う間に大石の手の上に菊丸の手が重ねられる。
この行為について菊丸は、落ち着く、とある日は言ったし、大石の手が好きだとある日は言った。とにかく緊張しているときや、落ち込んだときに、この手が必要なのだと彼は言った。
ふたりの夢を一旦は叶えてしまった後でも、そう言われることを大石は面映ゆく感じて、このお願いに毎度快く応じていた。
「英二」
「ん
、もうちょい」
ふたりの夢を叶える前は、触れる場所は違ったように思う。背中、肩、腕……触れるときに思うことは、なんだったか。今思う事は、そのときと違うものか。安心しきったように緩んだ頬を今もじっと観察しているのは、どうしてなのか。
「っし!充電完了ー!サンキュ大石」
ぱちりと開いた大きな瞳に自分が映って大石は少し身じろいだ。
「あのさ、英二」
「うんにゃ
何だよ? 大石、ちょっとヘン?」
心配そうというよりかは可笑しそうに菊丸が大石の瞳を覗き込む。大石は息を吐く。
たぶん、大丈夫だと感じた。もしかしたら、こんなときにまで同調しているのかもしれない。
「あー……何でもない、かな」
別に区別するようなことでもない。いずれにせよ、一つでありたいと思う事は、同じに違いない。
それが、何でもないことなのかどうかは、まだ保留にしておくことにした。
27th.Sep.2021
↑back next↓