大菊

 月が綺麗だった。夜空を煌々と照らす黄金は、大きな真円を惜しむ事なく描いて光り輝いている。
 そういえば、ちょうど中秋の名月だとか、今朝流し見したテレビから聞こえていたかもしれない。忙しない暮らしの中で、こんな風に空を見上げることも珍しかった。なんの気無しに、大石はスマホを空に向けていた。カメラ機能を起動するのも、久し振りだったように思う。
 

「そっちは、どう?」
 大石のメッセージアプリの内で一番良く稼働している二人きりのトークルームに、珍しく画像を送ってしまってから、しまったと思った。別に今更そんな百年も使い古された気障な意図があったわけではないのに。ただ、綺麗だったから、いいかなと思っただけで。大石が一人小さく後悔してほどなく、軽やかな通知音がした。
「オレも」
 撮ったよん、と短いメッセージの下に、大石が送ったものよりも更に大きな満月が貼られる。
「オレのほうが、もっとキレイだにゃ
 可愛らしい猫の絵文字も一緒だった。そう言う英二のにやけた顔が浮かんで、大石も頬が綻んだ。そんなつもりじゃなかったのにな。
「オレだって、負けてないよ」
 そんな妙ちくりんな返信をぶら下げてから、多分、きっと我慢できずに電話してしまう。月が綺麗だったから、電話するなんて、体のいい言い訳だ。本当は、月がどうとかより、英二に会いたい。会ってしまおうか? 明日も早いし、英二の都合だってあるに違いないのに。仕方がない、月が綺麗で、オレは英二に負けていられないのだから。
 我ながら馬鹿げた考えに苦笑しながら大石がスマホに視線を戻すと、ちょうど「英二」と彼の名前が大きく表示されたところだった。着信音が鳴るよりも早く出れば、少しは対抗できるだろうか。
 


22nd.Sep.2021

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