シングン キンちゃんとシンちゃんが入れ替わり


 そういうわけで、こういうことになった。
 いったいどういうわけかなんて、この場にいる誰にも正確なところはわかってなどいない。
 それでもなんとか飲み込めるのは、これまで幾多の奇想天外な生い立ちを潜り抜けてきた成果だったのだろうか。シンタロー、キンタロー、グンマの三人は互いの顔を見合わせた。
 暫しの沈黙から口火を切ったのは、キンタローだった。その表情からは、心なしかいつもの紳士然とした様子は感じられない。
「まあ、一生このままってなったらまた考えねえといけねーかもしんねえけど、とりあえずはそれぞれの見た目のほうに合わせて生活ってとこだな」
「ああ、異論ない」
 対して、静かな表情で頷いたのは赤いジャケットに身を包んだシンタローだ。
「……やっぱり、違和感あるね」
 当の二人の従兄弟を交互に眺めて、眉をハの字にしたグンマが呟く。以前はシンタローの中に居たというキンタローではあるが、今となっては全く態度も性質も異なる二人だ。その人格が入れ替わったとあっては、とくに両方と深い付き合いのグンマからすれば違和感を拭えるはずもない。
「そうかぁ?」
「まあ、そうだろう」
 金髪碧眼のキンタローの顔で、少々ガラ悪くシンタローが首を傾げる。その隣で黒髪黒瞳のシンタローの顔で、キンタローが生真面目に頷いた。
 とりあえず、この原理や元に戻す方法を見つけるまでの一時的とはいえ、入れ替わって生活など本当にできるのだろうか。





「おめぇ〜ら、こんなしょっちゅう茶ばっか飲んでんの?」
 普段なら、澄ました様子でティーカップを傾けながら書類に目を通している顔が、思い切り顔をしかめながらやや豪快にカップを傾けている様は、やはり見慣れている方からすれば異様だ。
「糖分は僕らみたいな頭を使う科学者にはいーんだヨ」
「お前それずっと言ってっけど、気のせいじゃねえの?」
 お前がショーコだな。いつもどおりの悪態だが、基本的に優しく紳士然とした従兄弟の顔から繰り出されると、いつもより少々傷付く気がする。
 紅茶と一緒に出された菓子を持て余しながらシンタローが大きな欠伸をした。こんなに無防備に欠伸をするキンタローを見るのも珍しい。部下たちが見ていれば、変な顔をしたかもしれない。
「シンちゃん、退屈?」
「ま、俺には向いてねえな」
 パラパラといちおう捲っていた書類にびっしりと書き込まれた数式やら何やらを、疎ましそうにシンタローが眺めた。キンタローの顔だと、やはり異様だ。いつも嬉々として読み込んでいるのに。
「シンちゃんだって、この辺は学校で習ったでしょ」
「そうか? キョーミなかったから忘れたな」
学生の間は座学にしても成績優秀だと聞いていたので、本当に忘れてしまったのだろう。そんなもんかなあと言いながら、グンマにも二十八歳のシンタローが研究に励む姿は全く想像できなかった。
 だりい、と本を投げ出したシンタローの顔を、テーブル越しにグンマはじっと見つめた。見飽きるほど見てきた表情を、ふだん一緒に過ごす時間の長い顔がしている。そういえば、初めて会ったときはちょっとこういう表情もしていたかもしれない。少しずつ彼は、自分自身でキンタローになっていったのだ。
「……何だよ」
「いや、キンちゃんがそーいう顔してるの、新鮮だなと思って」
「そりゃ俺だからな」
 ずい、と身を乗り出したシンタローが慣れた手つきでグンマのうなじに手をかけた。いつもの仕草を、いつもと別の顔の人間がしている。待って、とグンマの口を咄嗟について出たのはか弱い声だ。
「ちょっと、シンちゃん……何してんの」
「別に。お前がヘンな顔してるから」
 何でもないように彼は言うが、グンマからすれば何でもなくはない。今度は少しおどけた口調でグンマはシンタローの手を払った。
「……ええ? ちょっとさあ、キンちゃんを汚さないでよー」
「はあ?」
「だってさあ、悪いと思わないの?」
 人の身体で勝手に誰かに触れるとか、相手の立場になって考えたりとかしないんだろうか。けっして、別のひとの顔で同じように触れられるのが、ぞっとするほど……おかしなことになりそうだったから言っているわけではない。グンマが胸のうちで言い訳する間に、シンタローは呆れたように息を吐いた。
「言ったら俺の身体なんか、あれジャンのだったからな」
「あれ、そうか……うわーちょっと、フクザツ」
「今更引いてんなよ」
 書類で顔を軽く叩かれて、グンマは一瞬目をしろくろさせる。やっぱり変だ。




 実力もシンタローに劣らず、普段からシンタローについて仕事をすることも少なくない。キンタローがシンタローの身体でガンマ団総帥としての業務を行うことはそう難しいことではなかった。
「総帥」
「……ああ」
 そう呼ばれることに違和感こそあれど、部下たちへの指示に戸惑うことはない。順調に進む任務の様子を報告した部下が部屋を後にすると、キンタローは息を吐く。
「他の身体に入るのは初めてだが、俺は『総帥』になるのはさほど興味がないようだな」
 できることと携わりたいことは必ずしも一致しないものだ。報告書よりも数式や論文の文字列を追う方がずっと楽しく思えるのだ。きっとそれをシンタローに言えば、どんな顔をするのかまで、だいたい想像できた。




「キンちゃんって、やっぱかっこいいよね」
「おい」
 顔を近くに寄せてまじまじとその顔を眺めてきたグンマに、シンタローはあからさまに顔をしかめた。
「あ、いや不純な思いじゃなくて、ほら、キョーミでね」
「汚さないでよとかなんとか言ってたのはどの口だっけなぁ」
 小さな口を摘んで遊んでいると、ちょうどドアが開いた。赤いジャケット、シンタローの身体のキンタローだ。
「……お前等は本当に仲が良いな」
「別にそーいうことじゃねえからな」
「そ、そうだよ〜まさかこんなときに、ねえ?」
 自身の顔をしたシンタローは微妙に顔が引きつっているし、グンマに至っては完全に目が泳いでいる。べつにいいがな、とキンタローは息を吐いた。グンマがきまりわるげに駆け寄って来る。
「キンちゃんは、どうだった総帥業? キンちゃんならもう代わりにできちゃいそうだったんじゃない? シンちゃんなんかもー全然ダメ。貧乏ゆすりしてるだけ」
「おい」
 高い声でまくしたてる様子は、普段どおりと言えばそれまでだ。青筋を立てている自分の表情を少々物珍しく眺めながら、キンタローは顎に手をやった。
「まあ、できないということはないが」
 能力として、できないとは感じなかった。それでも、この仕事は自分のものではないという違和感があった。それに、何よりである。
「俺は、研究がしたいみたいだな」
 他人事のように語るその表情に、二人が同時に目を瞬かせた。
「なんだ、俺が飽きたら代わってもらおーかと思ってたのによ。期待できねーな」
「ああ、すまんな」
 生真面目な答えに、笑顔を漏らしながらグンマが新たなティーセットを手にした。
「キンちゃんも、お茶にしない?」




2018年3月春コミ無配


29th.Jan.2019

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