シングン♀

         ☆

 女性というものを、生まれてこのかたぼくは知らない。
 それがこの世界のどこかに居るとは聞いているけれど、実際にお目にかかったことはない。彼女らがどんなふうにぼくらオトコと違うのかも詳しくは知らない。そういうわけで、その実在すらをもぼくは疑っていた。幽霊や神様と同じような感覚と思ってもらえればいいかもしれない。この世界に女性なんてものはいなかったのだ。
 かっこいい真っ白な学ランに身を包んだぼくは、この下に埋められている小さな膨らみを押し戻すように、ぎゅうぎゅうとサラシを巻いている。人は誰も皆そうしているものだと信じていた。シンちゃんも、おじさまたちも、高松も、皆が皆ぼくと同じだと思っていたのだ。



☆はじめての☆

 ぼくはおとこだよ、と口走りかけて、それはあまりにも無意味だと気付いてやめた。そもそも、どこにも女性なんて居ないのだから、恋とか愛とか性とか、そういうものだって男同士でする以外に術がない。幽霊や神様には、触れることもできないのだから。ぼくもシンちゃんと居るのは楽しかったし、意地が悪いところもあるけれど、たまにはやさしいのも知っている。
「良いか?」
 ほとんど「良いよな」の顔でシンちゃんがぼくを見る。つい、小さくうなずいてしまった。シンちゃんの手がぼくのシャツに伸びる。頭ではこんなことくらい平気だ、と思うのに、心臓の音がひどくうるさい。ぎゅっと目を閉じて時が過ぎるのを待っていたのに、シンちゃんの手がぴたりと止まっていた。
「……あ。え?」
「なに…」
「ちょっと待て。これは、嬉しいんだけど……どうすっかな。おまえ、本当に、ほんっとーにいいの?」
「はあ?」
 思い切り眉根を寄せてシンちゃんを見上げると、赤い顔のシンちゃんと目が合った。シンちゃんも、こんな顔するんだなあ。あらわにされた胸のふくらみを隠すこともなく、珍しい彼の顔を目に焼き付けていた。



☆おとなになる☆

 なーんか、知ってしまえばあっけないことだったような気がする。そして、それを受け入れて、堂々としてしまえばなおのことだ。
「でも、対外的にはまだ混乱を生むかもしれないからってさ〜」
 あーあ、外ではやっぱりこれを堂々と、というわけにはいかないらしい。それでぼくは、数少ないなんでも自由であって良い場所では、とびきり自由に振る舞うことにした。身体のラインがわかりにくい服を着るでもなく、サラシで押さえつけるでもなく、女のコらしいTシャツで、ううんとぼくは胸を押し出すように伸びをした。この自由な部屋の主は寝酒のカクテルを注いだグラスを傾けながら、眉をひそめた。
「開き直ってゆさゆさしてんじゃねーよ」
「お、触りたくなっちゃった?」
「…結構です」
 すげもなく断られて、予想はしていたけれどもちょっぴり傷つく。あーあ、もうこれで何度目のあーあ、なんだろう。 
「シンちゃんもホモかー。みんな十代くらいのときはともかく、二十代も過ぎればずぶずぶの男色家だもんねえ。こんなとこじゃ、しょうがないけどさ」
 ぼくが女性だと知れたところで、男しか存在していないこの場所で、何の意味もない。ここは、そういうところなのだ。シンちゃんだって、いつも「俺はホモじゃねえ」とか言うけど、どうだか。
ぼくの心臓が壊れそうになったあの日だって、シンちゃんはなんにもしなかった。




2016年7月ガン流の無配


29th.Jan.2019

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