村来

「きみが、村上鋼くんだね」
 そう言った声色は息子とよく似ていた。優しい語り口。はい、と村上が答えると、隣に控えていたその妻も、優しい顔立ちをさらに優しく綻ばせた。こちらは、柔らかな花が咲くような控えめな笑顔が、息子とそっくりだ。
 「辰也から聞いているよ」と言われ、村上は、意外な心持ちがした。来馬がボーダーの話をそんなに家族にしている印象があまりなかった。来馬のことだから、悪く伝えることはないと思うが、家族にどう伝えているかは村上にもわからない。少しだけ緊張して、彼らを見ると、来馬の両親はにっこりと笑んだ。
「辰也をいつも、守ってくれて、ありがとう」
 村上は、重たげな瞼をしばし瞬かせた。
 ちらりと村上が伺うと、横にいた来馬は、少しあわあわとした様子で頬を染めていた。「そうなんだろう」と言う父親に、来馬は「そう……だけどさ」と口ごもる。「なら、私たちからも伝えたいの。わかるでしょう、辰也」母親は、優しく、しかし有無を言わさない。来馬が諦めたように息を吐いた。ごめん、鋼という視線を、村上は、まるごと飲み込んで、それから来馬の両親に向き直る。来馬の両親に対面して贈られたのは、思いがけず嬉しい言葉だったが、礼を言われるような立場ではない、と村上は思う。
「オレがそうしたくて、してるので」
 たぶん、守るなと言われてもそれには応えられない。ただ、来馬辰也を生み、育ててくれたひとたちに言いたいことがあるとしたら、である。この先は、村上も、言うつもりなどなかったのに、自然と口が動いてしまっていた。彼らの感謝に、つい心が動いてしまったのかもしれない。来馬自身にさえ、直接は伝えたこともない言葉が、滑り落ちていた。

 

「でも、これからも、守らせていただきたいと思います。できるなら……いや、ずっと先まで、必ず」
 村上の言葉を、来馬は反芻する。今度は逆に目を瞬かせることになった来馬一家に、村上は「あっ」と口を塞いだが、今更一度紡がれてしまった言葉が戻るはずもない。
「まるで、結婚の挨拶みたいだ」とはその場では誰も言わなかったが、両親は「そういうことか?」と息子を覗き込んだし、当の来馬は顔を真っ赤にして何も継げなくなってしまったので、いよいよそういうことだと暗黙の了解を得てしまったような形になった。
「すみません……来馬先輩」
「いいんだよ、結果オーライというか、うん」
 すっかり落ち込んでしまった村上の頭を撫でてやりながら、来馬は何度でも、村上の言葉を思い出す。こうしていれば、村上のようなサイドエフェクトがなくても、ずっと覚えていられるだろうか。
「ちょっと恥ずかしかったけど、嬉しかったよ」
「オレも……来馬先輩が、ご両親にオレのこと話してくれていて、嬉しくて、つい」
 来馬が赤い頬のまま笑うと、すまなそうな顔の隙間から、嬉しい、嬉しいとわかりやすい気持ちを村上がちらつかせた。それをたまらなく愛しく思って来馬が、手のひらを村上の項に滑らせると、村上が了解したように喉を震わせた。
「来馬先輩……」
 ずっと、先まで、必ず。甘い幸福に胸が埋め尽くされていく。何をされてもいいのに。どうしても守ると言って聞かない唇が降ってくる。それを受け止めて、来馬は同じように村上にそれを与えてやりたいと願った。
 


 


6th.Jan.2019

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