村来

 生きていくのに、許可が欲しかったのだと思う。

 村上鋼が何かを始めると、いつかは場が壊れた。
 サッカーをやったときも、野球をやったときも、いつも最初は自分よりも上手な人間が居て、そのときは村上も凄く楽しかった。
 しかし、いつからか、楽しいのはきっとこのときだけなのだろうと同時に予感するようにもなった。
 予感はその後ついぞ裏切られることなく、村上はいつも同じ終わりを眺めていた。自分の周りから離れていく輪を、彼はいつもぼんやりと眺めて「これも、もう終わりだ」と思うと、自らその輪から抜け出していった。
 もう、やめればいいのに。何も始めなければいいのに。村上は自身に対して幾度もそう思った。最後には傷付くのがわかっていて、どうしてこんなことを続けてしまうのだろう。
 それでも、もしかしたら、今度こそは、と諦めの悪い虫に囁かれるようにして、村上は何かを始めてしまった。輪のあるところに、混ざろうとした。
 人に聞かなければいいのか。眠らなければいいのか。どれも結局うまく実践できずに、村上鋼は何かを始めては、ぞっとするような冷たさになる──いつも、最初はあたたかだった──輪を眺めた。どうしても、手に入らない。
 オレの居て良い場所なんて、この世界のどこにも無いのかもしれない。
 そう確信し始めた頃に、村上はボーダーからのスカウトを受けた。遠くの街で、そういうことが起きているとはうっすらと聞いていたが、まさか自分に声が掛かるとは思いも寄らなかった。
 ボーダーの人間曰わく、いつも場を壊す村上の能力も、スカウトの理由なのだという。
 その言葉に、もしかしたら、といつもの虫が湧いた。今度こそ、と囁く虫に、村上は頷いて、付け足した。
 これで、きっと最後だ。
 異世界の侵略者から街を守るというボーダー。遠く離れた街に、村上鋼はたった一人で赴くことを決めた。
 其処で居場所が無ければ、もうこの世界のどこにも、村上鋼が村上鋼として生きていくことを許された場所はないのだろう。


 ボーダーは、あっさりと村上鋼をその輪の内に受け入れた。無論、村上鋼だけではなく、数十人のボーダーに所属することを希望し、才能を認めた少年少女をである。
 とはいえ、いつだって、ここまでは同じだった。まだ何も出来ない村上鋼を弾くことはない。
 粗方の説明を受けた上で、配属やポジションの希望を記入するようにと渡された紙に村上は目を落とす。本部隊員、攻撃手、銃手、狙撃手、オペレーター、事務職、支部職員……。
 どこであれば、村上鋼をいつまでも居させてくれるのだろうか。
 説明を受けても、そこまでは教えてもらえなかった。考えたところで、あるいは眠りについたところで、答えが出るはずもなく、村上は結局真正直な心情を吐露することにした。別に、何かをやりたくて来たわけではなかった。
「どこでもいいです。」
 回答用紙のほとんどが余白になってしまった。それでも、これ以上の答えが村上には思いつかなかった。
 居させてもらえるのなら。居てもいいと思ってもらえるのなら。許されるのなら。
 本当に、どこだって良かった。

 
 村上鋼の配属先は、鈴鳴支部になった。
 村上は他県から来たので地名にもぴんと来なかったが、新設の部署だと聞いた。
 村上と一緒に配属になった別役太一という少年が、いかにも根の明るそうな瞳で「おれも県外からなんですよ」と言っていたので、そういう人間を集めているのかもしれない。
 支部長だという年配の職員と一緒に、自分たちよりも少し早く所属していた来馬と今に引き合わされ、村上は自己紹介をした。『サイドエフェクト』と診断された村上の能力についても、少し迷ったが隠さずに話した。どうせ、言わなくてもいずれわかることだし、すでに知っている可能性もある。へえ、と三人は目を瞬かせたが、余り深くは聞かれなかった。
 この日、よろしくね、と笑った人を、このときは単に優しそうだなとだけ思った。
 
 
 ボーダーでの村上鋼は、上手くいっていると自身で思っていた。
 ボーダーの人間は優秀で、上を見れば際限がないように思えたからだ。本来、村上にとって成長するのは、愉しいことなのだ。やり方を聞いて、それを活かして前回より上手くなるのは、愉快だ。目に見えて上達していく。本当は、どこまでも上手くなりたい。際限のない村上の欲を、十分に満たしてくれる場所だと感じ始めていた。
 村上が噂を耳にしてしまったのは、その矢先だった。
「荒船が攻撃手を辞めたらしい」
 目の前が、急に真っ暗になったような気がした。
 また、同じだ。
 そして、この場所が今までと同じということは、そのまま、村上鋼が生きる場所がこの世界には存在しない証明にもなる。
 終わりだった。
 もう村上鋼には、どこにも行くところは、無い。


 
 どうして、このひとはこんなことまでしてくれるのだろう。きっと深い意味も持たずに、そうできるひとなのだ。
 このひとが自然に、当たり前にしたことが、自分を救い出してくれた。村上鋼は、ここに生きていていいのだと。村上鋼がどこまでも、誰よりも成長することを肯定される場所なのだと。
 生きていくのに、許しを得た。
 そうして、許されたこの場所に、ずっと居たいと思った。
 このひとの作ってくれた自分の世界から、出たくない。
 きっと、こんな村上の思いを来馬は知らない。知らなくていい、と村上は思う。
「オレ、鈴鳴配属で良かったです」
「どうしたの、急に」
「いや……すみません」
「ぼくも、鋼と一緒にやれて良かったよ」
 柔らかい言葉を、当たり前に紡ぐその人を、いつまでも守りたい。それを許さないと言う者が居たとしても、そうしたい。許可を得なくてもいいと教えてくれた人の傍で、ずっとその日との許しを得ていたい。


6th.Jan.2019

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