太刀川と来馬
太刀川慶は、かつて来馬辰也の友だちだった。
来馬とは中学校のクラスが同じで、太刀川は運動は結構できるけれども、教科の成績の方はお世辞にもできるとは言えなかった。餅が大好きで、冬場にはストーブの近くに餅を持参して担任に呆れられていた。
テスト前日にも彼は教師の目を盗んで餅を焼いたりしていて、教室の隅でノートを整理していた来馬は思わず声を掛けていた。
「勉強しなくていいの?」
来馬はそれを当たり前のことだと思ったが、太刀川はというと少し首をひねってから「人には向き不向きがある」とやけに尊大に答えて、餅を口に運んだ。それが随分と可笑しかったことを、来馬は覚えている。
「あれ、来馬じゃん」
そう言った声は、中学校の教室で席替えの後に隣から聞こえた声とほとんど変わりがないように思えた。やり、ノート写させてくれよな。そうやって調子良く笑っていた顔が、今は異形を見据えて不敵に笑んでいる。
「太刀川……なの?」
「なの?ってなあ。まあいいや、ちょっと待ってな」
すぐに終わる、と太刀川は両手に携えた刀を構え直した。
そして、言葉のとおりに、目の前にあった異形は瞬く間に崩れ落ちていった。先ほどまで来馬を追いかけ回していた巨大な近界民は、十字に入った切れ目からぱっくりと断面を見せている。太刀川が放った斬撃は、来馬にとっては文字どおり目にも留まらぬものだった。
二振りの刀をくるりと回して腰に戻した太刀川は、跳ぶようにして直ぐに来馬の側までやってきた。
「いや〜久しぶりだな。中学卒業ぶりか? 変わんないね、お前」
矢継ぎ早に、道でばったりかつての級友と遭ったのと変わらないように言う太刀川に、来馬はしばらく呆気に取られた。
来馬はたった今まで、異形の近界民に追い詰められ、死を覚悟していたのだ。それをあっという間に片付けてしまった級友は、まるで何事もなかったかのような顔をしている。
「あ……ありがとう。死ぬかと思った……太刀川が来てなかったら、たぶん」
「ははは、死なんで良かったな〜。俺も友だちがやられるのは辛い」
やはり、級友は朗らかなものである。来馬の心臓は未だに早鐘を打っていたが、こうも暢気な顔をされると、否が応でも落ち着きを取り戻し始める。
「太刀川、ボーダーに入ってたんだね」
「どうも、A級一位太刀川隊隊長やってます太刀川です」
おどけた様子で答えるのは、やはり級友であった頃と同じ太刀川だった。ストーブで餅を焼いていたのと、同じ青年だ。
「わぁっ、なんか……すごいんだね」
「まあなぁ〜」
A級一位、というものがテレビや新聞でしか知らないボーダーという組織のなかで実際にどれほど凄いものなのか、具体的に来馬にはイメージできなかったが、それでも太刀川がかなり活躍しているのであろうことは、先ほどの戦闘だけを見ても窺えた。素直に彼を見直した来馬をよそに、太刀川は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「人には向き不向きがあるからな」
6th.Jan.2019
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