村来




 終わる寸前、ずっとここにいたいと思った。
 今このとき果てたというのに、そんな果てのない欲望は、きっと彼の重荷になるから。
 人目に触れることの無いように仕舞い込むのだ。
 
 
「あ……来馬、先輩」
 そのままどさりと彼の上に身体を落としてしまいたいのを、村上はすんでのところで堪えた。本当に紙一重のところだったから、身体を支えていた腕がみっともなく震えていた。
「こ、う……」
 まだ息も荒い来馬が、そろそろと伸ばした腕が村上の頭に触れる。頭を優しく撫でられ、首筋をくすぐられ、すでに決壊寸前だった村上を、柔らかく広がった来馬の笑みが崩れ落ちさせた。
 村上は、ため息を吐く。きっと、気付かれていた。
「すみません、重いでしょう」
「いいよ。ぜんぜん、大丈夫」
 何が面白いのか満足げに笑っている来馬は、すぐに身体を起こそうとした村上をそうはさせないとばかりに優しく腕の中に留めた。本気で抵抗しようと思えば外すことは難しくないが、村上にしても許されるのであればこのまま抗いたくないような思いもある。許されるのであれば、であるが。
「あの、来馬先輩」
「なんだい、鋼?」
 村上の硬い髪質をものともせず撫でつけながら、来馬は応えた。機嫌の良い声色は甘く村上の耳朶を叩く。このまま、何も考えず許されて彼に溶かされてしまいたいような心地につかりかける。それでも、簡単にそうはしないのが村上鋼という青年の生真面目さであり、彼の来馬への思慕の形の一つだった。
 これは、その……どういう。村上が来馬の首もとでもぞもぞと口を動かして、来馬は初めてはっとしたような顔をした。
「あ、ご、ごめん……鋼が、その……かわいくて、つい」
「かわいい……ですか」
 時折、とくに閏で来馬が村上を評するその言葉は、何にせよ好感を抱かれていると思えば甘い喜びに包まれる部分もあるが、同時に頼りなく思われているのではないかと不安に感じる部分もあった。どっちとも取れない表情を浮かべる村上に、来馬は再び屈託のない笑みを見せた。
「かわいいよ、鋼」
 結局、その声の甘さに村上の思考は溶かされていく。触れる手の温かさに、不安すらも解されてしまう。許されている。来馬の柔らかなすべてに包まれていく。守りたいと思っても、なお、どこまでも守られている。
 ずっとここにいたい。彼の内側から、出たくない。
 そんなわけにはいかないことも知っているし、何より、自分自身がそんなことを許してはいないのに。
「……やめてください」
「ええ……」
 かわいいのに。 そう言って珍しく来馬が子どものように唇を尖らせた。
 事の後にはいつもより少しだけ我が儘になる来馬をやはり愛しく思いながらも、このままではその優しい柔らかさに溺れるばかりだ。
 村上はゆっくりと身体を起こした。彼の中から出ていかなくてはいけない。
 いつまでも、ずっとここにいるわけにはいかないのだ。
 あ、と最後に名残惜しそうに聞こえた来馬の声もきっと気のせいだと言い聞かせた。


 

  


6th.Jan.2019

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