困るグンマ

 好きです。

 無防備に放たれた言葉は、まるで宙に浮いているみたいだ。とはいえ言葉に実体なんか無いはずで、それは単なる大気の振動だ。あるいは、吐き出された二酸化炭素に過ぎない。それなのにどうして。それは確かに頼りなさげに宙に浮いて、かわいそうに行き場をなくしているように見えた。こんなにも哀れな震えあるいはシーオーツーを見たのはきっと初めてのことだった。
 そうしてグンマが何も言わないまま、ぽかんとした顔をしているだけの間に、空気はどんよりと重く重く沈み込み始めているようだった。
 耐えきれず、かわいそうな言葉の生みの親が、目を伏せた。きれいな目だ、とグンマはまたぼんやりと思った。そう思ってからようやく、このきれいな目が伏せられ、それと同じ角度で空気が重苦しく地面にめり込もうとしている原因の一端が自身にあることを思い出した。
 あ、ああ、そうだ、そうだ……ごめんね。
「……やっぱり、そうですよね」
 澄んだ目が、いまにも泣き出しそうに暗く歪んだ。そのくせ、予感していたような表情で、いいんです、とまたかわいそうな言葉を生んでいく。いまにこの部屋は、この子のかわいそうでパンクしてしまうのではないだろうか。いつのまにか二人きりになっていた研究室で、グンマはただただ無意味な音を生み出した。
 ああ、ああ〜……。困った。困った……。
「あの。気持ちは、嬉しいよ。本当に。でも、その……びっくりしちゃって」






「びっくりするでしょ、そりゃあさ」
 淹れたばかりの紅茶に息を吹きかけて冷ましながら、グンマは間延びした声色で訴えた。語るそばから、あのかわいそうな部屋に居たときの気まずさと驚きとがぶり返してくるような気がする。あんな光景、空間、居心地、どれも経験のないことだった。
「高松が居ないって結構大きいのかな〜。あとやっぱり若い子はさ、怖いもの知らずってゆうかさ……。すごくない? ぼくに告白だよ? あー、びっくりした〜」
 あまり似合わない可愛らしい装飾のティーカップを傾けて、一方的に語られていたシンタローは息を吐く。
「おれは、それをおれに嬉々として報告してくるお前にもびっくりだけどな」
「いやだって、びっくりしない?」
「する」
 自分自身でもそう思っていたとしても即答されると、少々微妙な気分だ。口を尖らせかけたグンマを制して、シンタローはティーカップを置いた。かちゃんといういやに鋭い金属音が、シンタローの呆れたような眼差しと重なった。
「で?」
「え?」
「告られて。どうすんだ」
「どうするも何も」
 あ。
 そこまで話して、グンマはようやくひとつ気がついた。
「……びっくりしたしか言ってないな、ぼく」



 



28th.May.2018

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