鉄平とサニー

美味いモンが食いてえ

 ちょうど一通りの手当てを終えたときだった。ぽつりとまさしく不意に零れ落ちてきたような言葉に鉄平は少々大げさに眉を上げた。…そっちだったっけな、こいつは?



 与作がいやにカラフルなボロ雑巾を背中に抱えて帰ってきた。
 乱暴にドアを開けた師匠の姿に、鉄平が思ったのはそんなことだった。尋ねる間もなく、応急はしてやったから後はやってやれとそのカラフルな巨大モップだか雑巾だかのようなものを渡された。思ったよりもずっと大きな重量がずしりと腕にのしかかり、慌てて力を込める。そこで、ようやくそれが近頃知り合った男だと鉄平は気付いたのだ。
 鉄平は、与作との修行後よりも酷くボロ雑巾のような姿になったサニーを初めて見た。サニーの救出のために中断していた作業に戻ってからも、与作はずいぶんおかんむりだった。サニーは命を捨てに行ったようなもんだとか、つまんねえルールの破り方だとか。作業場を行く大きな足音はいつも以上に響き渡り、いまにも床を突き破ってしまうのではないかと思われたほどだった。



「珍しいこと言うんだな。いつものツクシーのじゃないのか?」
 るせーし、ときまり悪げに視線を外した彼の様子はあまりに子どもじみていて、鉄平は思わず笑ってしまった。ああ悪いなと謝れば彼はますます拗ねたように目を伏せた。すぐに噛みついてくるかとも思ったのだが、そうでもないらしい。むしろ、それは失言したとでもいうような様子に見えた。
「おれは料理人じゃないし、そんな美味いモン食わせられる自信無いなあ」
「べつに、生でも良」
 どうやら最初から期待されてもいなかったらしい。そりゃそうかと鉄平は肩をすくめた。普段のようにいやに感情的に怒りも笑いもしないサニーが珍しくて、なんとなく自分もやりづらいのかもしれない。沈黙の痛さは元来得意では無かった。なんか取ってきてやるよと早々に席を辞そうとしたが、それでも彼が呟いた言葉を鉄平は耳聡く聞いてしまった。
「…松の料理が食べたい」
 彼がうすらと瞳に溜めたものを見るべきか見まいとしてやるべきかということを、鉄平はわずかに悩むのみだった。


31st.Aug.2013

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