ナルマヨ

がっつく


 修行明けにこちらへ来るという彼女の知らせになんとなしに舞い上がっていた数日前。いよいよ来たなとばかりに当日駅に迎えに行くと、別に良いのにと笑われた。真宵ちゃんはこれまでの経験上、もうちょっと危機感を持ったほうがいいと思うな。眉を下げながら自分もまた頬が緩んでいた。
「うーん。まあ、そんなにこの真宵ちゃんに早く会いたかったならしょうがないなぁ!」
 嫌味も高らかに笑い飛ばされてしまった。こんなときは上手い屁理屈も鳴りを潜めてしまうし、何より彼女の二の句は「そんなことより、電車に乗ったらおなかすいたよ」なのだから、意義など唱えようもない。そんなことかよ、なんて言いだした日にはもうこちらの負け戦は見えているのだ。




「やっぱこっちに来たらこれだねえ!みそらーめん!」
 嬉しそうに黄金のスープを見つめる顔は何度連れて行っても褪せることが無いように思える。割り箸を割るぱきんという小気味いい音を隣に聞きながら、自分もぱきり、と見事な片思いが出来上がった。隣はぬかりなく両思いの箸を早速麺に伸ばしていた。迷信は気にすまいと負けずに伸ばした片思い箸である。
「そういや、やっぱり無いの?倉院には」
 彼女の故郷の静けさを思い出すと、この人気の少ない店内もまだ賑やかに思えた。
「お店はね。だから最近はジコリューで作ってみたりするけど、これが我ながらなかなかイケてると思うんだよねー」
 ぴしりと人に箸を向けて得意げに言う。やめなよそれと諌めようにも普段から人様に指を突きつけている身からするとどうにも部が悪い。寂しい店内のわりに味は上等の麺を啜りながら、彼女の料理する姿をさほど見ていないことに気がつく。本音を言えば、べつにラーメンじゃなくたっていいんだけど。
「へー。そんなに言うなら一回くらい食べさせてよ」
 ふう、と息を吹きかけて勢いよく麺を啜ったところだった彼女はそれをごくりと飲み下してから、そうだねえと笑みを綻ばせた。本当にこの子はラーメンが好きだななんて要らない感慨も湧いてくるほどだ。
「じゃあ、なるほどくんが倉院のほうに来た時ね」
「こっち来た時じゃだめなわけ?」
「そりゃあこっちに来た時はお店の味を確かめたいからね!なるほどくんに作ってる場合じゃないよ!」
「…さいですか」
 半ばげんなりとしなら再び麺を啜る。片思い箸も慣れれば使いやすいものだ。傍らの両思い箸に比べれば、多少勢いは劣っているかもしれないが。
「なんなら、もうこっちのほうに住んじゃえば?住民票移してさぁ」
 ああ、もちろんラーメンの味を確かめるのに便利だろうっていう話さ。ついでにトノサマンのグッズ販売も充実してる。いい条件じゃないかって、そんなことをつらつら述べる前に、彼女が手を止めてじっとこちらを見ていた。
「なるほどくん…」
「なんだよ」
 ううん、と首を捻る仕草も見慣れたものだが、このタイミングはいつものそれよりも随分追い詰められる心地がした。
「そりゃあちょっと、がっつきすぎじゃないの」
「うるさいな!」
 ラーメンにがっついてる女の子にがっついてるなんて、とんだ笑いものじゃないか。紛らわしにがっついて食べたラーメンはすぐになくなってしまった。





16th.Mar.2013

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