ナルマヨ

 もしもし、と答えたのは少し眠そうな声だった。普段ならまず電話しないような時間だから当然か。あちらからしてみればもちろん迷惑千万であろうが、久しぶりに聞く彼女の声に、ぼくは容易に胸をときめかせていたりする。
「真宵ちゃん」
「うん、なに?なんかあったの?」
 それこそ事件でも起きたかという調子の問いかけに、ううん、とゆっくり首を振った。そりゃあこんなことしてるの自体が、ある意味事件なんだけど。
「……なんか無きゃ電話しちゃだめかな」
「なるほどくん…だいぶ酔ってるね」
 今度のは明らかに呆れた声色だった。真宵ちゃんのくせに生意気だなんて、それはあんまりか。今のぼくはまごうことなき酔っ払いなのだから。
 ついさっき旧友にさんざん説かれた言葉が頭を過ぎっていた。たまには言っておかないと駄目だ、とかそんなことだったと思う。あいつの話はだいたい実が無いもので、頼りになんか到底なりっこないとわかっているのに。それでも今はあいつのチラつかせた不安の種が気になって仕方がなかった。
「そうだ。酔ってるよ、酔ってる。きみと無性に話したくなって、我慢できずに電話するくらいにはさ」
 ふわふわと浮き上がったような頭で歯の浮くようなことを口走ってみると、電話の向こうは、あははとのんきな笑い声で迎えた。「へんなの、なるほどくん」だって。
 おい。へんなの、なんかじゃ済まされないぞ、今日のぼくは。自分を奮い立たせるように一度まぶたをぎゅっと瞑ってから、再び舌の上に言葉を転がした。
「きみはわかってないよ」
「うんうん、そうだねぇ」
「…聞いてないだろ」
「聞いてるよお!」
 そのわりに電話口からは欠伸が聞こえた。いいさ、こんな恥ずかしいのは、本当はぼくだって御免なんだから、聞かれないほうが丁度いいくらいだ。安心してぼくは思いの丈をぶつけることにした。あのねえ真宵ちゃん、と切り出したその語り口はどう鑑みても感心できない酔っ払いの絡み方そのものだったとしても。
 きみはさ、ぼくが居なくたって平気なのかも。もし今は必要だって思ってくれてても、いつかそうじゃなくなるかも。でもね、ぼくはさ。そう、ええと。これもうやめたいな、じゃあ一つだけ、言おう。
「君無しじゃいられないんだ」
 ぼくを尋問してくれた矢張が引き出した言葉の内で、絶対に言えよ!と頻りに彼の勧めたことだった。言葉にしてから、やっぱり今すぐ引っ込めたいと思ってもそうはいかない。この痛い沈黙を作るあいだ、彼女はいったいどんな顔をしているのだろう。
「うーん、すごいね。酔っ払ったなるほどくんは」
感心する様子の彼女に、ぼくも同意したい気分だ。もう酔って電話なんて二度とするまい。ついでに、矢張に相談もしない。
「真宵ちゃん」
「うん?」
「会いたいなぁ」
「あはは、なるほどくんジョーネツ的だね!」
「うう、笑うなよ」
「ごめんごめん、なんかかわいいから。なるほどくん」
 なんだよ、七つも年下のくせにそんなこと。すっかりアルコールのせいだけではなくなった頬の熱さにため息を吐いた。今夜の言葉をまるごとぜんぶ引っ込めてしまいたいが、それでいて言葉にしたのは全部ほんとうのことだった。考えてみれば、七つも年下の子に対して酒の力も借りないと真正直に話せない自分が情けなかった。



 もう寝るから、と半ば強引に切った電話を手に持ったまま真宵はため息を吐いた。お酒飲んだから、なんてずるい。こっちの顔の熱さも知らないで、どうしてこんなことするかなあ。ぽすぽすと枕を身代わりとばかりに殴ってみたけれど、そんなことで晴れるはずもない。明日は電車に乗って、きっとすぐに会いに行ってやろう。驚かせて、それでたくさん奢ってもらおう。ぎゅっと閉じた瞼の裏には憎らしい顔が浮かんだ。


19th.Feb.2013

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