ナルマヨ

暗示のような

 お腹が重い。視線を下げてみれば、見たこともないくらいにでっぷりと膨れていた。こんなのおかしいとは我ながら思うけれど、本当にそれが自分のものかと疑うほどだ。しかし無情なもので、その奇妙なでっぱりは確かにあたしの顔をまっすぐに降りていけば繋がっているのだ。
 なんでだろう?とのさまんじゅうかな。それともこの間お客さん用にって買ったお菓子をつまみすぎたから?ああ、御剣検事からのお裾分けなんかもあったっけ。正直、思い当たる節はいくらでもあるから少し言い訳しづらいのだけれど、それにしたってこれはおかしい。急激にこんなに、それもお腹だけが出っ張るはずがない。有り得ない事態に、ううんと首をひねってみても何の考えも浮かばない。ちょうど手近にとのさまんじゅうが見える。ううんどういうわけだ。悩みながらもあたしはしっかりとそれを口に運んでいた。こういうところのせい、なのだろうか。
「ちょっと。いくらなんでも食べ過ぎだろ」
 いつから居たのだろう。男の人の声がした。それからその手があたしの肩に置かれる。うん、おとこのひとだ。ぽかんとしたままのあたしに、その人がやれやれとため息を吐く。あ、なんでだろう、ちょっとむかつく。
「お腹の子も、まんじゅうばっかりじゃ飽きちゃうだろ」
 まんじゅうばっかりじゃありません。お客さん用のお菓子も、御剣検事に貰ったパイも食べてるもんね。不敵に笑いかけて、はたと気がついた。なんだか不穏な言葉が混ざっていた気がする。それこそムジュンみたいな、異質な言葉だ。
「・・・お腹の子?誰の」
 すると、男の人はちょっと驚いたような、あわてたような素振りで「そりゃあ・・・」とかなんとか口ごもる。怪しい。じっ・・・と見つめていると、頬を掻きながら彼はソファに座り直した。あたしの隣だ。
「それより、何観るの?映画」
 唐突なハナシにもあたしは動じずに、そうだなあなんて我ながら呑気なものである。ごまかされたとも思わなかったのだ、そのときは。
「お姉ちゃんが泣いたやつがいいなあ」
「ああ、タイトルなんだったかな」
「あたしもわかんないや」
「うーん…トノサマンのがいいんじゃない?ほら、こどもにもさ」
「あたし子どもじゃないもん!」
「あ、ああ・・・まあねえ。そうだ、ね」
 なあにその顔。また煮え切らない様子に立ち戻る彼が不思議で、あたしは目を細めた。
「うん、えーと、お母さんだもんな」
 はい。はい?
 目をしろくろさせているうちに、なんでかもわからないのに顔が熱くなる。とん、とおなかの内側からノックをされたような気がした。あれ、あたしのおなか、誰か居るんだ。気付いた瞬間から、さっきまで憎らしかったはずの出っ張ったおなかが、愛しくてたまらなく思えた。真宵ちゃん、と彼はあたしを呼んで、そのおなかを優しくなでた。やはりとっても愛しくてたまらないものに触れるような、あたたかい手のひらに鼓動の音が早まる。速くなるあたしの心臓と別に、もう一つゆっくりと優しい鼓動が体内にあるのを感じていた。そうして、そのままその人の顔がどんどん近づいてきて、あたしは






 目が覚めた。時計は11時を回っている。ちょっといつもより寝過ぎた。寝癖もとかさないで顔を洗いに行くと、はみちゃんが「真宵さま、今日はお寝坊さんでしたね」と柔らかくわらった。「うん、なんかよく寝ちゃったみたいだね。あの。ちょっと、変な夢見ててさ。」一つ一つの言葉を吐き出すようにこぼした。すると彼女は小さな手を小さな口にあてて、まあ、と目をぱちくりさせる。それから、そうっと教えてくれた。
「綾里の女性が見る夢には、予知のようなものもときにはあると聞きますから、お気をつけてくださいね」
 心配そうに眉をハの字にした彼女を、あたしはきっとますます心配にさせるような顔をしていたと思う。今回に限っては、絶対ただの変な夢に違いない。



17th.Feb.2013

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