ナルマヨ

猫になりたい

 急に隣を歩いていた真宵ちゃんが路地のすみに座り込むものだから、最初は何事かと戸惑ったが、後から覗き込んでみれば簡単な話だった。茶色い毛玉に黒い瞳が二つ、僕らを見上げていた。真宵ちゃんはいつの間にかとうに手を伸ばしていたが、茶色い毛皮は野良にしては滑らかそうでどうやら相当に世渡りの上手い猫らしい。
「かわいいねえ」
 ご機嫌に喉を鳴らす猫に、真宵ちゃんも同じくらいご機嫌だ。これが猫撫で声ってやつか。僕もちょっと撫でてみようかとしゃがみかけると、ギロリと睨まれた。勿論、件の猫にである。さっきまで、気持ちよさそうに目を細めていたじゃないか!なんて異議が到底猫に通用するはずもない。たぶんオスだな。勝手に結論づけて、結局僕は真宵ちゃんの横に棒立ちである。あんまり可愛くないぞその猫とは、さすがに大人げないので胸の内に留めた。
「いいなあ。猫になりたいなー、あたしも」
 暖かな日差しを浴びて欠伸をする猫は確かに心配事の一つもなさそうで、自分たちがあくせくと走り回っているのが少し嫌になるけれど。にこにこと茶色の毛皮に手を伸ばす彼女に、つい余計なツッコミを入れたくなる。なんのことはない、もはや習性みたいなものだ。
「真宵ちゃんにできる?野良猫の暮らしだって楽じゃないぞ」
「あたしだって、猫になればやるときはやるよ」
 にやりと彼女はしたり顔で言う。何が「猫になれば」なのかよくわからないが、自信があるらしい。どうせなら人間のときにもやっておいてほしいことは幾らでもあるのだけれども、ここでそれを口に出すとまた話がこじれるのでやめておいた。我ながら賢明な判断だと思う。
「まあ、なるほどくんからごはん貰えるだろうし」
 ぽつりと呟かれた言葉を聞き逃さないのも、また習性だったのだろうか。
「それじゃ今と変わらないじゃないか」
「変わるよ!あたし猫じゃないじゃん!」
「猫と変わらないのかも・・・」
「失礼だよ!」
「猫に?」
 わざと大げさに顎をさすって考え込むような素振りを見せると、スネにチョップを食らった。トノサマンチョップだろうか。声にならない声を上げてスネを抱え込んだ僕を尻目に「お昼、みそラーメンチャーシュー大盛りね」と猫にしては豪勢なごはんを彼女が要求した。本物の猫は呆れたように僕らを眺めている。これ以上居ると、こっちの猫にも昼飯を要求されそうだ。ちょうど僕のお腹もぐるりと小さく鳴り、観念して立ち上がった。
 彼女にチャーシューを増やすと、必然的に僕の方は大盛りにできなくなるのだが、それも仕方がない。一度飼ったら、最後まで面倒を見る。すっかりラーメンに気持ちが移ったらしく軽い足取りの彼女の後を歩きながら、そんな言葉が過ぎっていた。



/ごはんをあげて、そばにいて、かわいがる


17th.Feb.2013

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