桃忍

「夕方のベッド」で登場人物が「さよならを言う」、「メール」という単語を使ったお話を考えて下さい。 shindanmaker.com/28927 #rendai

 少しだけ、考えてみた方がいいかと思った。
 付き合ってる人、居ないんでしょ。そう断定した彼女の言葉を否定できるだけの材料を桃城は持ち合わせていなかったし、彼女の仰るとおり特定の異性に気があるわけでもなかった。まあなあ、と答えてみると。強張っていた彼女の顔にちらりと喜色が覗く。じゃあさ、私と。続くであろう言葉を遮って、桃城は悪いと彼女に謝罪を述べた。ちょっと考えさせてくんねえか、と答えた言葉に嘘はない。少し、考えてみたかった。

 部活終わりに寄った忍足の家で、当然のように彼の自室まで通される。いつからこんな時間を過ごすようになったのだろう。静かに小説のページを捲っている忍足の横顔を時折盗み見ながらも、桃城はまだ考えていた。携帯のメール本文は未だ埋まることはない。
「なんやお前、さっきから」
 ひそかに漏らしたため息を聞き咎めたらしい。忍足は眉をひそめて桃城を見た。ええ、いや、べつに何でもないっすけど。こういうとき、桃城は嘘をつくのが下手な男だった。不自然に言葉を濁した桃城に、忍足が息を吐く。人んちで辛気臭い顔すんなら帰れとでも言われるだろうか。ううん、ありそうだなあと桃城は考えあぐねる。
「まあ、ええけど」
 それだけ言って、彼は再び視線を読んでいた小説に戻した。わ、と桃城は瞬きをした。こんなところでぴんと来てしまうのはもしかしたら間違っているのかもしれない。それでも今の桃城には、これが最良で、それだけがここに持ち合わせる答えのようなものだった。まあ、いいのか。そんなところが自分たちには落ち着きがいいのかもしれない。俺はきっとまだ、ここに居たかった。
「ん、急に筆が進んだみたいやな」
「あはは、忍足さんのおかげかなあ」
「なんやそら」
 メールを急ぎ送信した。今の答えはきっとこれしか無い。もしかしたら彼女は涙を流すのかもしれない。少しだけ申し訳ない気持ちになりながらも、後悔はそこに無かった。ねえねえ忍足さん、と呼べば、彼が急にやかましくなったなあと眉を下げながら答える。今のこの距離がとても好きだった。

「彼女とかできたら、教えてくださいよ」
「はあ、ええけど。ほんま遺憾やけど、予定なさそうやわあ」
「うわあ、俺もっス」
 


17th.Feb.2013

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