鉄サニ

雨の日の話

 激しい風雨がごうごうと窓を揺らしている。台風なんて久しぶりだ。とくに外出する用がなかったことを鉄平は素直に喜んだ。そうヤワな鍛え方をしているわけでないのだから、台風程度どうということもないが、そりゃあ好天の日より作業は多少やりづらくなるし、なによりどうせならなるべく疲れないのが良いに決まっている。
 大人しく本でも読んでいようかと、読みさしの研究書を棚から取り出してみると、薄汚れたページに挟まれた色鮮やかな栞が目を引いた。あ、これに挟んだんだっけか。鉄平は分厚い本を開いて鮮やかなサーモンピンクのそれを手に取る。
 この栞の元々の持ち主も、こんな色の髪を持っていた。それに加えてグリーン、ブルー、ホワイトの髪をなびかせていた男は、先日まで鉄平と生活を共にしていた。鉄平だけでなく、鉄平の師匠である与作や腕の治療を受けていたトリコもほとんど一緒だったが、鉄平が件のサニーと過ごしたのは本当にたまたまと言って良かったし、なんとなく彼との時間は鉄平のなかでイレギュラーなものだったような気がしてよく覚えている。
 この栞にしたってそうだ。だからこそ鉄平は、目に鮮やかなその栞をやけに後生大事に持って、こんなふうに見つけるたびに思いふけってしまうのである。


「何、ベンキョしてんの?」
「うーん、まあねえ」
「そ」
 鉄平の背後から覗き込んできたサニーは、鉄平の抱える研究書にぎっしりと詰められた字の羅列を見るとすぐに興味をなくしたらしい。何か用でもあったのだろうか。こきりと首を鳴らして鉄平はサニーの姿を目で追った。んだよ、邪魔なんかしねーよ。そう言う彼がまだわからなくて、鉄平は曖昧に笑った。勉強や研究も良いが、ちょっと話したくなった。
「どこまで読んだんだかわかんなくてさ、何回もおなじとこ読んでる。困るよなあ、俺やっぱ抜けてんのかね」
 サニーは細くてしっかりとした眉をぎゅっと寄せた。ハァ?とこちらを見る目が完全に呆れている。その青い目を見て、鉄平はまた曖昧に笑んだ。
 するとサニーはずんずんと歩いて部屋を出て行ってしまった。あれ、なんか間違えたかな。わりと気分屋みたいだしなあと半ば諦めた鉄平が再びページをめくり始めようかというときに、彼の予想していたよりずっと早くサニーは再び姿を見せた。そうして彼の手から、捲りかけていた黄ばんだページの上にぱさりと落とされたのが、件の鮮やかな桃色だった。
「サニー?」
「やるよ、余ってたかんな」
「わ、マジ?」
「せいぜベンキョに励めってな」
 格好つけているのか、青い目を長い睫毛に縁どられた瞼の下に隠して言う彼に、自然と頬が緩んだ。ありがとう、大事に使うよ。素直に謝辞を述べると「いらネもんやっただけでチョロいな」と彼は笑った。本当だよなあと鉄平はいかにもおかしな調子になっている心臓をたしなめた。
「マジで俺サニーに落ちちゃうなあ。ああ惚れた惚れた」
「キモっ、てっぺMAXキメエ」



 びゅうと一際強い風が窓を揺らす音に、鉄平ははたと現実に引き戻された。励めと言われたのに、これでは逆にこんなふうに思いふけってしまう時間ばかりが増えてしまっている気がする。
 ふざけて笑い合っただけのあの時間がこんなに愛しいと思うことも珍しい。あのときは何でもかんでも冗談みたいに言ったものだが、結局いまでは何もかもが本当になってしまったのかもしれない。
 鮮やかなピンクをくるりと指の間で回して、鉄平は眉尻を下げた。いっそのこと、この雨が上がったら会いに行ってしまおうか。そうして言い掛かりみたいな文句をつけてやろう。こんなにも鮮やかなものをそこかしこに残されていっては、チョロい俺はどこまでも落ちていってしまうに決まっていたのだ。


17th.Feb.2013

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