鉄サニ

寝起きの話

 自分に宛てがわれている部屋を、こんなふうにノックする羽目になるとはあまり考えたことがなかったなあなどと間の抜けたことを思う。鉄平のノックに、ううんとくぐもった声がドアの向こうからした。開けるよ、といちおう声を掛けてドアノブを捻る。その部屋は紛れもなく自分の部屋であるし、勝手にそこに居座っているのは同性である。何もそう気にすることは無いとは、鉄平も頭ではわかろうとしていた。しかし、どうも上手くいかない。なんとなく、多少は気遣わなければならないような気がしてしまう。これがどういう原理によるものなのかは知れないが、鉄平はどうやら彼を他の単なる同性の知り合いと同じには扱えないらしい。
「サニー」
 毛の塊みたいなそれがベッドを占領している。これが目下鉄平の頭をじんわりと悩ませているものだった。彼は自分の名前にも、やはり小さく身じろぎするだけで起き上がるような素振りは窺えない。
「朝だぞ、もう起きろよ」
 我ながらやけに優しすぎやしないかと呆れたくもなる。そうっと、使い慣れた自分用のベッドを軋ませて、その顔を覗き込んだ。長い睫毛が未だ朝の光を拒むように小さく震えている。参るんだよな、これだから。そんなため息は彼を起こすのには、少しも役立たない。
 この指で触れてみれば、きっと普通の人間よりずっと敏感な体を持つ彼はすぐに気づくだろう。だいたい、今だって平気な顔で眠っているのが不思議なくらいだ。神経質なのか図太いのか、そんなところもいちいち掴みきれないと思う。けっきょく触れるのも何故か躊躇われて、暫くそうして泡沫に沈みかけるやけに綺麗な顔を眺めていた。美人は三日で飽きるというが、ここまでこだわられると、そう簡単には飽きが来ないものだ。下手をしたら、こうしているのに飽きることがあるのだろうかなどとこわいことを思うくらいだった。我ながら、怖すぎる。近頃、鉄平は日に何度か自分で自分にゾッとしている。
 どうしようかな。買い出し、手伝ってほしかったんだけどなあ。もはや諦めかけそうになっている自分が心底情けなくて、朝からちょっと泣きそうだ。自分の太い首筋を撫でながら、やはりそうっと髪を避けるようにしてベッドの端に腰掛けた。注意してそうしたつもりだったが、幸か不幸かすぐに耳をつんざくような声がその奇妙な空間を引き裂いた。
「てっぺ、テメー…レの触覚をケツに敷いてんじゃねえ!」「え、マジ?ごめん」
 サニーは毛を逆立てて怒りに震え、鉄平はあっという間に彼の触覚に捕らわれた。しゅるしゅると締め付けられながら、そうそう朝だからもう起きてなとのんびりと当初の目的を告げると、サニーが大層面白くなさそうな顔でこちらを睨んでいた。知らネ!と口を尖らせながらも、彼が身だしなみを整え次第、市場に付き合ってくれるであろうことはもう知っている。 
 つい最近知り合ったサニーに関して、いろいろとわからないことは多いが、それでも少しずつわかり始めていることはある。彼が口振りよりよっぽどトリコを心配していることだとか、そのためならきちんと手伝ってくれること。確かに自分が欲しい情報のためだというのも無い訳ではないだろうが、それが全てであるはずもないことは、少し見ていればわかった。
「……そういうトコと、あの顔が相まってかねえ。やっぱ」
 ぽいと捨てられるように元々鉄平のものであるはずの部屋から追い出されながら、鉄平はそんなことをとりとめもなく考えていた。やっぱ、って最後に足してしまったのが余計に恐ろしさを増している気がしたが、まだ余り深く思わないことにする。こんな時間はきっとまだ暫くあるのだ。もう少しだけあるサニーと過ごす日々のなかで、少しずつわかっていけばいい、と鉄平は胸の奥にあるらしいそれをやんわりと転がした。


17th.Feb.2013

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