トリココ


 あ、と思わず零した声に目の前のご婦人が目を瞬かせた。何かありましたか?と尋ねる声には半分の期待と半分の不安が入り混じっている。すみません、とココは既に慣れたものの営業用の笑顔に、少しばかり本当に申し訳ない気持ちを載せた。今は仕事中だっていうのに我ながら情けないことだ。
「ちょっと私事で、見えたものがあったんですよ」
 そうですかとご婦人も何やら気の抜けたように笑みを返した。でもね、あなたの運勢も良いですよ。食材はうん、海産物のほうが良いみたいだ。
「ココ様も、良いことが見えたんですね」
 にこりとご婦人に微笑まれてしまってはもうココには立つ瀬が無かった。参ったな、今回は代金は頂かないでおこうかな。ご婦人はお気になさらずとココを制して平常通りの金額を置いていかれた。
 幸いご不快にはなられなかったようであったが、ううんとココはひとりきりになってからひとつ息を吐いた。町の婦人方の噂になったりしないことを願うには、その未来はいかにも儚く見えた。さて、今日の予約もちょうどこれまで、ご婦人で最後であった。気持ちを切り替えて、ついさっき見えた良いことを迎えるために、少し食材を調達しなければ。




 よお、と犬歯を見せて笑う顔が、すっかり自分より高い位置になってしまった今でもまだ子どもみたいだと思う。メシでもたかりに来たのか? 高鳴る胸とは逆の言葉を選んでやると、奴はやはり子供のように唇を尖らせて否定したが、品の無い腹の虫は健在だった。
「ほらな」
「まあ、メシも食いてえよそりゃあ」
「いいよ、メシのついででもね」
 ううんと納得し難い顔で、それでいてもう食事に気をとられかけている彼のその表情を眺めてココはほくそ笑んだ。今日はご婦人の前で恥ずかしい思いをした。元はといえば自業自得なのだが、この程度の意地悪なら八つ当たりにもなりはしないだろう。いじわるすんなよとでも泣きつかれようものなら、どうせココはいくらでも甘やかしてしまうのだ。



10th.Oct.2012

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