アクタカ



▼一年目
 あのさ、と俺を引き止めたのは奴の方だった。なんだよとガキのくせに一丁前に面倒臭いような風を装って振り向いてやると、奴は嬉しそうに笑っていやがった。
「今日さ、ぼく誕生日なんだ」
 思えばそれが俺の年一度に訪れる厄日の始まりだった気がする。






▼十三才
 中学に上がり道場に顔を出さなくなって、奴に会うことはなくなった。それでも運悪くカレンダーの日付は視界に入ってしまうものだ。誕生日なんだとはにかんだ顔を未だにはっきりと覚えているのはどういうわけか。どうにも胸糞悪くなってきてポケットを探る。運が悪いときはとことん重なるものか、煙草は切れていた。今日は厄日か。舌打ちして自販機を探す。そして、やはり今日は厄日だと確信した。
 奴の顔を見るのは実に一年近く振りだった。なんとなく身を隠して通り過ぎるのを待った。思い返してみれば、別に隠れるような必要もなかったのだが、まあ厄日だったのだからと諦めた。






▼十五才
 奴はテニスをやめた。夏以来なんとなく交流が無いわけでは無いが、理由もなく会うような関係でもない。偶然出くわせば立ち話くらいはするという程度だ。今日はまた、奴の誕生日だ。外に出れば会うこともあるかと、面倒臭いが学校にも顔を出してやったが、結局行きも帰りも奴に会うことはなかった。こんなことなら今日もサボりゃ良かったなと煙草に手を伸ばしたところで、ババアに見つかった。ゴミ出ししてこいとか言いやがる。糞面倒臭かったが、ついでに煙草を買い足すことにして外に出た。そしてまさかとは思っていたが、奴に会った。
「亜久津、ゴミ出し?」
 えらいねなどと的外れなことを言うので、煙草のついでだと教えると奴はああなるほどと今度はやけに納得したように言いやがった。
「俺は今帰りだよ」
「ああ、あいつらに祝われてたってわけか」
 河村の手に提げられた紙袋からはいくつかのプレゼントらしきものがはみ出していた。大方あのテニス部の連中だろう。
「えっ…よくわかったね」
 感心したように言いながら河村ははにかんだ。引退したんだし、そんなにやらなくてもいいって言ったんだけどね。そんな奴の言葉はどうでも良かった。口が滑ってしまった後悔の方が頭を埋め尽くしていたのだ。これじゃまるで俺がしっかり奴の誕生日を覚えていたみてえじゃねえか。幸い河村はまだそこには触れてこない。逃げ帰るように踵を返そうとしたところ、奴に引き止められた。
「ゴミ捨て場、そっちじゃないだろ」
「お、おう」
 うっかりしてるなあとか奴はのんきに笑いやがった。結局今年も「うるせぇ」と返すくらいしか出来なかった。







▼十八才
 またこの日が来た。どうも訳が分からないことだが、毎年やけに落ち着かないので俺はこの日が嫌いだ。カレンダーを見て今年も顔をしかめながら目覚めた。
「亜久津、おはよう」
 家を出た途端、まさか初っ端から会ってしまった。おう、とだけ返すと奴は日付など気にした風もなく寒くなってきたなあとマフラーを直した。確か三年前の誕生祝いに部活の奴にもらったとか言っていたか。いつまでしてんだよ。そんなことを思いながら、そういえば俺は誕生日に奴に物をやったことなど無かったことに思い当たった。別に当たり前じゃねえかと訳のわからない考えを打ち消している間に、河村の鼻をすする音が聞こえた。こいつは誕生日を迎えるこの時季になるといつもそうだった。
 俺の視線を咎めるものだとでも思ったか、やっぱり寒いよねと奴は眉を下げて情けなく笑っている。馬鹿じゃねえのかと言いながらコートのポケットをまさぐり、手に当たったビニル地を確かめもせず奴に突き付けた。
「くれるの?」
 ぽかんとしている奴の顔をそれ以上眺めているのも億劫で、無理やりにその手に押しつけてきた。足早に歩きながら、まさか初めて誕生日にやるものが、駅で配られたポケットティッシュになるとも思っていなかった。







▼二十才
 最近は仕込みもほとんど任せてもらえるんだ、と奴は嬉しそうに話した。ああ、そうかよ。投げやりとも思えるほどにぶっきらぼうな答えにも奴は気を悪くした様子はない。
 亜久津は最近どうだい? 続けて柔らかく尋ねられて俺は一瞬全てを説明してやろうかと思った。起き抜けにタンスに足の小指をぶつけた。朝のなんとかテレビの占いは九位、微妙だと思っていたらラッキーアイテムはスイカだと。今十一月だぞ。たまたま食べたラーメンには虫が入ってやがった。そのせいで少し店の親父といざこざになった。こんな最近を事細かに教えてやろうかとちらりと血迷ったが、結局喉の奥に飲み込んだ。
「亜久津?」
「…どうってことねえよ」
「そうかあ」
 あははと笑う声が何故か頬を緩ませる。いいことなんか一つもなかったってのに。








▼二十五才
 どうにもわからないことがある。
 部屋に二人しか居ない、のはまあ百歩譲っていいとして、どうしてこうも呼吸しづらい空気なのか。今なら何だか言えるような気がするなんて不穏なことまで思う。不穏だ。何を今更言うというのか。
「おい河村」
「うん」
「しょうがねえから、」
 頷く奴に俺はまだ訳の分からない言葉を続けるつもりらしい。しょうがねえからって言うようなことじゃねえ。引き返すなら今だと囁く声も無いわけではない。しかし現実というのはどうにもその通りにいかない。だからこの日は厄日だと思うのだ。
「仕方ねえからな、一生面倒見てやるよ」
 えっ、と奴が絶句したきり頷きやしねえ。どこまで厄日だってんだ。苛々して煙草を取り出した頃になってようやく奴が恐る恐ると行った様子で俺を見た。
「…多分俺のが稼いでるでしょ」
「うるせえ!そういう話じゃねえ!」
 あははと奴が笑う。じゃああれだね、俺が亜久津の分も頑張るよだとか。なんだこりゃ、長生きでもするかなんて訳が分からねえことを思う。過去最高の厄日だったかもしれない。



18th.Nov.2011

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