ヤナキサ


 柳沢と休日に少し外出をした。ぶらぶらと遊び歩いたり、買い物なんかをしているうちにあっという間に日は傾いていた。早く帰んないと夕飯なくなるだーねと漏らす柳沢の声を聞きながらも、淳はふと足を止めてしまった。
 通りがかったのは、よく学外のコートで練習した帰りに寄った公園だった。公園の隅に設置された、いつからあるのかもわからないような自動販売機で何かしら飲み物を買ってこの公園で溜まったものだ。観月などには叱られるかと思ったが、案外一緒になって御高説を垂れてくれることも少なくなかった。
 懐かしいねとよく自分が腰掛けていた遊具に、淳は腰を下ろした。夕飯とごねる声がまた聞こえた気もしないでもないが、まだ大丈夫でしょと敢無く却下してやった。こんなふうに当たり前にしょっちゅうここに居たことがもう懐かしく思えてしまう。そうなると、いよいよ―ー終わっちゃったんだなあ、と実際に口にしてみると、淳の胸に穴があいた。正確には、負けてしまったあの日からあいていたはずの穴に、今になってようやく気がついたのだ。
 これによく似たような思いを淳は二年前にも味わっていた。行っちゃうんだなと最後に零した片割れに、頷いたあのときもそうだ。淳は自分の胸にあいた穴に、荷物をまとめ電車に乗り込み窓の外が見慣れない風景に変わっていくときまでとうとう気がつかなかった。
 もしかしたら、自分はそういう感情が鈍いのかもしれない。穴があいて、その感覚が自分の芯に伝わるまでの神経がよく働かないような気がする。
 今回は二年前よりもその神経は更に鈍ってしまっていたらしい。しかしそれでいて胸に残された空白は大きく、簡単には埋められそうにもない。終わってしまったのだ。自分たちの、ここでのテニスは。
「何きゅうに暗い顔してるんだーね」
 いつから居たのか、柳沢が淳の顔を覗き込んでいた。わかった、こないだの模試の結果悪かったんだーねと勝手な憶測を述べた友人の突き出た口を摘んでやると、たまらず柳沢は逃げ出した。何するんだーね!そう嘆かれれば淳はいつものように笑うしかなかった。そうしている間も、空洞に吹き付けるような風が痛かった。
「淳、」
「いいよ、先帰ってて」
 少し待てば、きっと忘れたふりができる。馴染んだ土地を離れたときだってそうだったんじゃないか。忘れたふりをして、なんとなく馴れていけばいいのだ。うつむいた地面に、影が差した。見上げると、見慣れたあひる口が余計に唇を尖らせていた。
「なに、待たなくていいってば」
「別にまだ帰りたくなかっただけだーね。淳のためなんかじゃなくて、オレの好きにしてるだけなんだから、口出ししないで欲しいだーね」
 は、と息が漏れた。目を瞬かせる間も構わず柳沢は淳の隣の遊具に腰掛けた。
「柳沢」
「なんだーね」
 これ以上文句言われても動かないだーねと彼はそっぽを向く。いや、そうじゃなくてさと淳は続ける。
「夕飯」
 ウッとわかりやすい息を漏らしてから、べつに平気だーねと柳沢はうつむいた。そっか、と淳は軽く地面を蹴り遊具を揺らす。ついでに、反対を向いている柳沢を小突いた。なんというか、これだから柳沢の隣というのはやめられないのかもしれない。いつのまにか空洞を吹き付けていた風もその勢いを緩めてしまったような気がする。
 この夏のテニスがおわってしまった、のは仕方がないのかもしれない。けれども、この友人とお別れするのは本当に、本当に嫌だなあなんてまた新しい穴を見つけてしまった。そういった神経は人一倍鈍い自負があったというのに、今回ばかりはいやに敏感だった。


27th.Nov.2011

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