■ 花菖蒲

酒場に飾る花を切らしていたことに気がついたのは、ようやく店仕舞いも終わった頃だった。

兄様と二人で後片付けに疲れた顔を見合わせたとき、不意に酒場の端に飾られている花瓶のことを思い出したのだ。
けして、高価なものではないけれど、白磁に東の大陸の絵付けが施されたそれは、ごちゃごちゃした店の中でも不思議とよく似合っていた。
いつもはその花瓶に、馴染みの花売りから買った、安価な、それゆえ時折少ししおれかけた物の混ざる、蘭や菊、そして季節の花を活けていた。
しかし、この天候が続くからだろうか、花売りは最近この界隈に姿を現さなくなっていた。

まだ活けたままの花を片付けなければと、眠気をこらえ店へと戻った。
覗き込んだ花瓶の中の花は水気を失い、うつむきがちに頭を下げていた。中に溜まった水は、深緑の濁りを帯びてくゆっている。底は見えない。

腐り始めた水が独特の臭気を放つ前に、慌てて水を捨て丁寧に洗った。
気がつくのがもっと遅かったら…とは考えない事にした。

しかし問題はこれからだ。
まず、新しい花をどうするか。

もちろん、あの花売りがいない以上、表の方で買い物をする以外に方法はないのだけれど。
それでもやはり天気がぐずつく日はあまりこの界隈から離れたくない、と言うのが本音である。

ため息をこぼし、とりあえずは仮眠を取ろうといまだ煙草の匂いが残る酒場を後にした。



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