■ 悲しみの旋律

ボクのピアノから音が溢れる。

音は目に見えない洪水のように、床に壁に机に棚にドアに窓に、溢れて触れて弾けて砕ける。

涙の色をしたそれは、砕けた後に冷たく甘い記憶を呼び起こす。
君の可愛らしい笑顔や、君と過ごした夕暮れ、一緒に歩いた日向の道や、君が好きだった花の色、そして君の小さな寝息。

浮かんでは消えていくそれらを、ボクはそっと両手に掬い上げて口に含む。

悲しい音がとろりと喉を通り過ぎ、痺れるほど甘美な甘さが胃を溶かす。

頭の片隅では、この甘美な甘さを何処かで知ってると囁く声がする。

だけど、そんな事なんて直ぐにどうでもよくなる。
そしてまた、ボクはピアノの鍵盤を叩く。
ひんやりとして心地よい弾力のある、ピアノの白鍵。
白い骨のような、美しいそれを指先で弾むように叩く。

また、音が弾んで溢れ出て零れる。

それを横目に見ながら、気まぐれに白鍵を軋むほど強く叩きつければ、悲鳴のような音が溢れる。

口元がイビツに歪む。

ああ…そうだ、思い出した。
君の最期の声に似ているのだ。あの痺れるような甘美な味わいは、君の白い首筋を締め上げた時の悲鳴に似ているのだ。

ピアノの前を離れ、そっと滑らかに黒い天版を持ち上げる。

…そこには君が居た。

ピアノ線が絡みつくようにして君を囲む内部へ、ボクは手を伸ばした。

細く白い指先、腕、肩、首筋、頤、眼球のなくなった眼窩……。

そして最期に白鍵のように白い君の髑髏をボクは抱きしめる。

それから君を抱いたまま、ボクは再びピアノの前に座り、鍵盤をゆっくりと奏でていく。

ねぇ、君、聞こえるかい?
とても美しい旋律だろう?
君を想って創ったんだ…
気に入ってくれたかい?

ねぇ、愛しい、愛しい、君……




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