■ 毒でもいいよ
“だから、僕を愛して”
呟いた言葉は、誰も居ない部屋に溶けた。
あの人からの愛が欲しかったのに、あの人はついさっき、部屋を出て行ってしまった。
たとえ、それが愛の形をした別の何かでも。あの人がそれを愛だと言うのなら、僕はそれを愛だと信じるのに。
軋むソファから立ち上がり、グラスに生温い水を注いで飲み干した。
もしも小瓶を手渡され、その中身が毒でも。それが愛だとあの人が言うなら、僕は躊躇わず飲み干すだろう。まるで水のように。
たとえナイフを手渡されて、自分の胸を一突きしなさいとあの人に言われても、僕は戸惑わないで突き刺す。それを愛だと信じるから。
でも、あの人はそうしなかった。
ただ、愛してと言う僕を見て“あなたにあげる愛はないわ”冷たく凍った声で突き放された。
殺されるより、いたぶられるより、僕にとっては酷い言葉。
“愛してあげられないわ、何故って、あなたがあなただから”
“私はあなたを愛せない”
“愛をあげるのは簡単だわ。だけれど、あなたは愛せないの”
そして、最後に嫣然と笑ってあの人は言った。
“愛が欲しいのなら、あたしを愛して頂戴”
…そんな事、僕には出来なかった。
だって、僕にとっての“愛”は“死”だから。“愛する事”は“殺す事”。“愛しい人”は“殺したい人”。
“愛されたい”は“殺されたい”
…ねぇ、誰か。
毒でもいいから、僕を愛してくれませんか…?
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