「裏切り者・・・。」 [ 8/9 ]


全ては計画通りに進む予定だった。


「はぁ?連絡が取れない!?」

「す、すみません!一生懸命追跡してるんですけどね、あの人達空飛んだりするから!!」

「はぁ?空飛ぶって何だよ!?」

「何かこーんな大きな・・・・あれは何なんだろう?」

「こっちが知りてーんだよ!!」

「あっイタ!」

晴れた昼下がり。
帝都の下町で言い争う2人の男。
1人は背の高い20代前半と思われる若い男で、もう1人は茶色のキャスケットを目深に被り、大きな荷物を背に抱えた15歳程の幼い少年であった。

「あのな、こっちは全財産支払ってんだから、もう少し真面目にやってくんない?」

「僕は真面目にやってるよ!だけどあの人達の移動範囲半端無くて、各街に配置している仲間達から出没情報貰って行った時にはもう居なかったり・・・・。」

2人の男は、下町の中心にある噴水に腰掛、かなり大きな声で話をしていた。
その為、下町の住人達は何だ何だと興味津々で、2人の会話に聞き耳を立てている。

「リナは何て?」

「リーダーはもうこの件から手を引きたいって言ってたよ。」

しばし沈黙の後、うな垂れていた頭を少年の方へ向け、深くため息を吐きながら若い男が女の名前を口にした。
その女の名を耳にした少年は、いきり立っていた勢いを失速させ、視線を下に向け小さな声で呟く。

「デイドン砦から戻って来てから、ずっと塞ぎこんでて・・・・。」

「何だ、参謀官様にフラれたか?」

「えっ!?それってどう言う意味ですか!?」

「あ〜、坊やは知らなくていい複雑な関係なんだよ。」

若い男の言葉にショックを受けたのか、顔を引きつらせ驚きの表情を見せる少年。
勢いで両手を胸の高さまで上げた彼の右手の隙間には、小さな紙切れと思われる一部が見え隠れしていた。
目ざとくそれに気付いた若い男は、少年の右手を掴み握られた紙切れを無理矢理奪い取った。

「これは・・・!」

皺くちゃになったその紙をおもむろに広げ、中身を読もうとするが、小さな面積にこれでもかってくらい細かい字で書かれていて何が何だかよくわからない。

「おい、何て書いてあんだよ。」

読み取る事を早々に諦め、紙切れを少年へと返す。

「あれ?ヴィンセントさんもう老眼ですか?」

面白がるようにニタニタしながら嫌味を言う少年。
言葉を聞いてすぐ若い男----ヴィンセントから渾身の拳骨が少年の頭目掛けて振り落とされた。

「痛いですよ!暴力反対!!」

「いいから早く読め!」

「わ、わかりましたよ・・・・。ってこれホント細かくて読み取り難いですね・・・・。リーダーなんでこんな細かく・・・・。」

叩かれた頭を擦りながら、がわざとらしく1つ咳払いをついて読み上げ始める少年。

「“正門には『アリス』。裏門には『ウィスタリア』を配置する・・・・と彼は言っていたけど本当かしら。彼女は確実に『真偽』にかけられるはずだから、あの塔を使うはず。”」

あの塔?
少年が読み上げた一言を心の中で反芻する。
あの塔を使用するとはどういう意味だ?

「“あの塔で審議が行われるとしたら、彼女を助け出す事は不可能。警備の配置を知ったところで何もできやしない。”」

「チョット待て!あの塔って何だ?」

「知りませんよ。とりあえず最後まで読みますから聞いてて下さい。“いつも大切な事は何も言ってはくれない。私は彼のためにこんなに尽くしているというのに・・・・言われるままにご奉仕だっていっぱい・・・・”」

「あ〜!!!それ以上読まなくていいっ!」

ヴィンセントは読み上げる少年の口を自身の右手で塞ぎ、中断させた。

「何ですか?」

「いや、何かそれ以上知ってはいけない気がして・・・・って言うかこれ報告書か?ただの愚痴じゃねーか。サブリナも落ちたものだな。」

依頼した情報が綴られたと思われるその紙切れを少年から奪い取り、ビリビリと木っ端微塵に破り捨てる。

「リーダーを悪く言わないで下さい!」

「わかった、わかった。今回マジでお前たち情報屋がまったく使えないって事がわかったよ。」

「何ですか!?それ!!」

深いため息をつき、ヴィンセントはゆっくりと立ち上がり、小さな巾着袋を少年の方へと投げた。

「今回の報酬金だ。」

「いりませんよ。結果として何もお役に立てませんでしたから・・・・。」

慌てて手渡された袋を受け取ったが、眉をひそめ不満そうな表情で少年は袋をグッとつき返してきた。

「なら今後の前金だ。そうサブリナに伝えろ。」

「リーダーは・・・・本当にこの件にはもう関わらないと・・・・。」

「なら、これで最後でいい。もし俺達が身動きできない状況になったら助けてくれって。」

ヴィンセントはそれだけ言うと、相手からの返答を待たずその場を去った。
“あの塔で審議が行われるとしたら、彼女を助け出す事は不可能”

あれはどう言う意味だ。
あの塔とは何だ。
ロゼは・・・・何処へ連れて行かれる?

「空色の騎士様でも問い詰めてみるか・・・・。」


これは審議が開かれる1日前の話。







ザーフィアス城、東側一角に設けられた雑品などを保管しておく小倉庫の前には、武装した親衛隊が2名扉の前を塞いでいた。
更に部屋の中には4名の武装した親衛隊が部屋の中央に3人の男女を囲うように配置され、取り囲まれた3人の男女は、それぞれを後ろ手に両手を縛られ、ご丁寧に足にも同じように紐で括られ自由を奪われていた。

「おい、俺達いつまでこんな所に閉じ込められてなきゃならんの?」

茶色みかかった黒髪の男が、自分の正面に立つ親衛隊に話しかける。

「お前達、隊の隊長様の死刑執行が済むまでだ。」

昨日の晩からこんなやり取りを何度繰り返した事か。
ため息を軽く吐き、横一列に並ぶ他2人に視線を移動する。
始めに右を見て金髪クリクリ頭の男と目が合い、そのまま視線を左へ流せば、ご自慢の縦巻きヘアーが少し乱れた美少女と目が合った。
昨晩、情報屋の少年と別れた後、ヴィンセントは密かにフレンとの接触を窺っていた。
だが、当てが外れ、油断した隙にこちらがあっさりと囚われてしまったのだ。
ヴィンセント以外にこの場に閉じ込められているのは、エリオットとミレイナ。
おそらく、他の緋バラの騎士に所属している者達も同じように閉じ込められ身動きがとれずにいるはずだ。
それにしても、かなり手の込んだやり方だと思う。
隊と言っても少数精鋭である緋バラの騎士は、1小隊が5〜8名程度で、3小隊合わせても30人も満たない。親衛隊主席であるシュヴァーン隊で言うなら小隊に値する規模である。
同じ閉じ込めるなら、この様な少人数の隊、1つの大部屋に押し込んで監視をした方が効率が良いように思えた。
つまりはこちらの動きを完璧に封じ込めたいのだろう。ここまで警戒されるとは光栄と言うべきか・・・。
ふとゴリゴリと縄と縄が擦れる音が右から聞こえ、ふいにヴィンセントはそちらを見る。すると、必死の形相で手首に繋がれら縄を解こうとエリオットが縄と縄を擦り付けていた。

「おい、エリー。そんなに擦ったら手首使い物にならなくなるぞ。」

縄で縛られた手首は強く擦り合わせた事で、皮が剥けて血が滲んでいた。
ヴィンセントは監視の親衛隊に聞こえないよう、小声でエリオットへ声をかけると、額に薄っすらと汗をかき、少々血走った目でこちらを見た。

「俺達がこうしている間に、隊長の刑が執行されてしまうんだぞ!大人しくしてられるか!」

焦る気持ちを抑えるように、幾分早口で、そして一応小声でエリオットが反論する。
確かにエリオットの言葉はもっともだった。
自分達がこうして閉じ込められている間にも、彼女の刑は執行されてしまうのだ。
ヴィンセントの表情にも焦りの色が見えてきた。
手足の自由を奪われ、剣と魔導器も奪われた。
どうしたものか・・・ヴィンセントかそう思った時、左隣で大人しく拘束されていた副官がフゥと小さく息を吐いた。

「ねぇ、レイニー。縛られた縄がきつくて辛いの・・・少し緩めてくれない?」

その声を聴いた瞬間、一瞬にしてヴィンセントの背中に冷や汗がドッと噴出した。
何だ?その鼻にかかる甘えた声は?お前そんな特技があったのか!?
隣を盗み見るように視線だけ向ければ、薄っすらと頬を染め、潤んだ瞳で目の前の親衛隊をジッと見つめるミレイナが居た。
レイニーと呼ばれたミレイナの正面に立つ親衛隊は、表情こそ兜で隠れ見えはしなかったが、にじみ出る雰囲気から動揺していることはあきらかだった。

「ねぇ、苦しいの。少しでいいの・・・お願い。」

魅惑的な声色でしっとりと吐き出されたダメ押しの一言に、レイニーと呼ばれた親衛隊の右腕がピクリと動いた。

「おい、お前!」

ミレイナのお願いを叶えようとする仲間を、その横に居た親衛隊が止める。

「大丈夫だ、本当に少し緩めてあげるだけだ。」

そう言ってレイニーと呼ばれた親衛隊は武器を置き、ミレイナの側にしゃがみ後ろ手に縛られた手首の縄を緩めにかかる。
おい!?マジかよ!!
隣で一連のやり取りを見ていたヴィンセントは、信じられない光景に口をアングリと開けてただ見ていた。
お願いされちゃったら縄緩めてくれんの?それってずるくない!?俺達だって痛いよ!エリオットなんて血が出てんだよ!?
薄っすらと笑みを浮かべ、自分の縄を緩めている親衛隊が結び目を解いた瞬間、兜の奥にある彼の耳元へと甘いと息をミレイナが注いだ。
その艶めいた声に、親衛隊の体がピクリと動き、反射で持っていた結び目から手を離した。
ミレイナはその瞬間を見逃さなかった。
固定された両手を一気に引き離し、反動で繋がれていた縄を解くと、更に間髪入れずその両手をレイニーと呼んだ親衛隊の後頭部目掛けて振り下ろした。
それはまさに、一瞬の出来事だった。
ノックアウトされた親衛隊はその場に倒れ、異変に気付いた他の者たちがミレイナを押さえつけようと近づいた時、今度は扉の外で人が倒れたようなドンといった大きな物音が聞こえた。
今だ!
この隙を見逃すヴィンセント達ではない。
ヴィンセントとエリオットは手足が縛られたまま、器用に腹筋を使い立ち上がると、扉の外へと気を取られ背中を向けた親衛隊目掛けてタックルをくらわす。
ミレイナは自由になった両手で、側に転がる槍と斧がミックスされたような武器、ハルバードを手に取るとまず自分の両足を縛る縄を切った。
そして、素早くヴィンセントの傍に寄り、彼を拘束する縄を次々解きにかかる。
自由になったヴィンセントは、今までの鬱憤を晴らすように残った親衛隊を次々と拳と蹴りで倒していった。

「あら。もう終わったの?」

最後の1人を床に沈め、ミレイナがエリオットの縄を解いたところで部屋の扉が開き、全身を真っ黒のタイトな服で身を包んだ1人の女が入ってきた。

「サブリナ・・・遅かったな。」

入ってきた女を見るなり少々不機嫌気味にヴィンセントが扉へと近づく。

「こちらにも色々事情があるの。来ただけありがたいと思って欲しいわ。」

そう言ってサブリナは右手で合図をし、部屋の外に居た茶色のキャスケットを目深に被った少年を中へと招き入れた。
彼の両手には、奪われたはずのヴィンセント達の剣などが抱えられたいた。

「急いだ方がいいわ。既に審議は始まっている。」

武器を受け取り部屋の外へと出ると、2人の親衛隊が倒れているのが目に入った。

「『塔』はこの先の北側にあるわ。」

「頼みがあるんだが、俺達以外の仲間も解放して欲しい。」

「言われなくてもそうする。前金分はちゃんと働くわ。」

ヴィンセントの言葉に素っ気ない態度でサブリナが答える。
そんな態度に苦笑いをこぼし、ヴィンセントはエリオットとミレイナへと視線を送ると瞬時にその場を駆け出した。

「そう言えば・・・。」

自分達の隊長が居ると思われる塔へ向かう中、ふと思い出したようにヴィンセントが後ろを走るミレイナを見る。

「レイニーさんとはどんなご関係で?」

「昔、口説かれた事があるだけです。」

「それだけ?」

「それだけです!!」

「あ、そう。」

副官の意外な演技力に感服しながら、ヴィンセントは駆ける足を速めた。







城の北側に位置するその塔へと到着した時、上からガシャーンというガラスが割れるけたたましい音と共に、数枚のガラスの破片が落ちてきた。
ヴィンセントは咄嗟に、ミレイナを自身へと引き寄せ破片からその身を庇う。
エリオットは剣を鞘より抜き、勢いよく扉を蹴り破ると遥か上へと続く螺旋階段を見上げた。

「ミレイナ、怪我はないか?」

「は、はい。大丈夫です。」

頬を薄っすらと染めるミレイナの頭を軽く撫で、怪我のないことを確認するとエリオットに習い自信の剣を構え螺旋階段を並んで進む。
嫌な予感がした。
焦る気持ちを抑え、長く続く上り階段に息を切らせ、滴る汗を拭いながら中間地点まで上った時、最上階にある唯一設けられた1つの扉が勢いよく開け放たれた。
そしてザワザワと雪崩れ込むように、黒い衣を身にまとった評議会の人間が我先にと螺旋階段を駆け下りてきた。

「何だ?」

ヴィンセントとエリオットは顔を見合わせ、駆け下りてくる評議会の者たちを避けながら階段を上り進めた。
やっとの思いで最上階へと辿り着いた時、開け放たれた扉から眉間に皺を寄せ、大またに歩くアレクセイが部屋より出てきた。
アレクセイはヴィンセント達の横を早足に通りすぎ、数名の親衛隊と共に階段を下りて行った。

審議が終わったのか?
ロゼはどうなった!?

最悪の予感が過ぎる中、ヴィンセント達は急いで部屋の中へと入った。
そして広がる光景に息を呑んだ。
入口より見て右側にある窓が大きく割られ、ガラスの破片やらでえらく散乱していた。
床は血で汚れ、数名の親衛隊と、割れた窓の側に空色の鎧を身にまとったフレンが唖然とした表情で佇んでいた。

血?

床に転々と残るその血に、ヴィンセントは目を離す事ができなかった。

これは誰が流した血だ?
そして・・・何故彼女がどこにもいない!?

「ヴィンセント!」

不意に自分を呼ぶエリオットの声で、ヴィンセントは下へと下がっていた視線を前へと向けた。
そして正面に立つ、薄い青色の髪の人物を目にした瞬間一気に怒りが全身を駆け巡った。
左手に持つ剣を構え直し、隣に並ぶエリオットと同時にその人物目掛けて駆け出した。
2人の様子に、薄っすらと笑みを浮かべたその人物は、左手薬指に赤い魔核が埋め込まれた指輪型の魔導器を高く上げた。
その動きに、瞬時にヴィンセントはエリオットは左右へと別れ、まず、左からヴィンセントの刃がその人物目掛けて振り下ろされた。
ヴィンセントの切っ先が己へと届く前に、高く上げた左手を素早く振り下ろす。
キィンという金属が跳ね返される高い音と共に、ヴィンセントの刃は薄い防御壁によって強く跳ね返され、その反動で大きく彼の体も左へ吹き飛ぶ。
間髪入れず、今度は右よりエリオットの刃がその人物へと襲い掛かる。
チラリと視線を右へと流し、薄い青色の髪の人物は振り下ろした左手を右へとスライドさせ、素早く上へと掲げると勢いよく下へ振り下ろした。
エリオットの切っ先は届く事無く、ヴィンセントと同じように防御壁に阻まれ右へと大きく体を吹き飛ばされた。

無詠唱による防御壁。

相変わらずの規格外れの彼の魔術にミレイナは息を呑む。
2人の騎士を地面へと沈めたその人物は、今度は両手を上へと高くあげた。
右手中指には薄く青色に輝く魔核が埋め込まれた指輪型の魔導器がはめられている。

マズイ!

ミレイナはその動きに反応し、壁へ体を打ち付けて倒れこむヴィンセントへと駆け寄った。
そして自分達の様子をジッと見ていたフレンへ声をかける。

「フレン殿はエリオット殿を!!」

ミレイナはそれだけ言うと、自身の小隊長を庇うように防御壁を発動させた。
彼女の行動に言われた意図に気付いたフレンは、急いで倒れこむエリオットの側により、同じように防御壁を発動させる。
それはほぼ同時だった。
フレンが障壁を発動させたと同時に、その人物は掲げた腕を勢いよく下へと振り下ろした。
下ろした手からは、光りを帯びた球体が飛び出し、左右の2人目掛けて飛んできた。
辛うじて防御壁でそれを防ぎ、立ち尽くすその人物へ痛めた体を庇いながらヴィンセントが言葉を吐く。

「裏切り者・・・。」

その言葉にハンスは口角をニッと上へと持ち上げた。

「もとはヴィンセント、あなたの浅はかな助言が全ての元凶でしょう。責任転嫁はやめて頂きたい。」

正面を向いたまま、硬質な声でハンスが反論する。

「まぁ、それも聞くも聞かぬも本人しだい。あの方は上に立つ者として相応しくない。」

その言葉に、ヴィンセントの瞳にを再び怒りの炎が宿る。
剣を構え直し、よろける体を奮い立たせ、ヴィンセントは攻撃態勢へと入る。
それはエリオットも同じ事で、彼も剣を構え直し攻撃の隙を窺う。

「1つだけ聞きたい。ロゼはどうした?」

歯を食いしばり怒りの表情でヴィンセントが問う。

「さぁ・・・私の知った事ではありませんよ。」

一呼吸を置いて興味なさ気にハンスが答える。

「あぁ・・・そうかよ!!」

ヴィンセントのこの言葉が合図だった。
左右よりヴィンセントのエリオットが同時にハンス目掛けて駆け出す。
その様子を涼しい顔で眺めていたハンスは、一言口の中で何かを唱えた後に、左右の手の平に光り輝く細長い剣を生み出した。
そしてそれを構えると、始めに振り下ろされたヴィンセントの切っ先を素早い速さで左に避け、続いて襲い掛かるエリオットの切っ先を右に持つ細剣で受け止め左の細剣で弾き返した。
休む間も無く続いてヴィンセントの切っ先がハンスの腹部目掛けて突き出されば、軽やかにヴィンセントの体を飛び越え、彼の首筋に細剣を振り下ろす。

バン!

空気を切り裂くような銃口の音で、その場の者達は動きを止めた。
「剣をお納め下さい、参謀官殿。」
ハンスの右頬には、薄っすらと赤い線で銃弾でできたと思われる傷が刻まれていた。
ミレイナは己が愛用している銃をハンスの頭に標準を合わせ、鋭い眼光で睨みつける。

「早く!剣を引きなさい!!」

切羽詰ったミレイナの叫びが部屋中を木霊する。
ハンスの細剣は見事なまでにヴィンセントの首をとらえ、後少し遅ければ彼の首と胴は切り離されていただろう。

「参謀殿、アレクセイ閣下が呼んでおられます。」

そこへ親衛隊がハンスを呼びに戻ってきた。
その言葉にハンスは小さく息を吐くと、両手に持っていた細剣がパラパラと光りの粉となってその場に消えてしまった。

「わかりました。」

何事もなかったかのように親衛隊に返事を返すと、ハンスはサラリと薄い青色の髪をなびかせ部屋を出て行った。

「クッソ!何なんだアイツは!!」

悔しさから、ヴィンセントは剣を強く床へと叩きつけ、ワシャワシャと自分の髪をかきむしった。

「また・・・勝てなかった・・・。」

対照的にガクリと肩を落とし、エリオットがその場に崩れた。

「それより!早くアレクセイたちを追いますよ!」

落ち込む緋バラの騎士達にフレンが言葉をかける。

「追う?」

フレンの言葉にヴィンセントが反応する。

「あなた達の隊長は何者かにさらわれました。アレクセイたちはそれを追うはずです。我々も・・・。」

「それを早く言え!」

ヴィンセントとエリオットの言葉が綺麗に重なった。
驚いた表情を見せるフレンをよそに、2人は急ぎ足で部屋を出て行く。

「えっと・・・、待って下さい!」

慌ててフレンがそれを追いかけ、その後を、銃を右太もものガーターベルトに付いたホルダーに納めたミレイナが続く。


ハンスの切っ先でできた首筋の傷から流れた血を手に取り、先程の部屋に転々落ちていた血を思い出す。


彼女は無事だろうか。


フレン隊で用意された船に乗り、遠くまで続く波間を眺めながら、後悔だけがヴィンセントの心を埋め尽くしていた。



第9話へつづく・・・。



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