「彼の命を救う事ができなかった・・・私はずっと後悔していた。」 [ 9/9 ]
とても体が重たかった。
「三日前に提出させて頂きました報告書は、読んで頂けましたでしょうか。」
「あぁ‥‥エアルの異常と魔物の凶暴化について‥‥だったか。」
「はい。エアルの源泉であるエアルクレーネが暴走すると、極めて高いエアル濃度となり、高い確率で魔物が凶暴化する事がわかっています。特にトルビキア北大陸にあるケーブ・モック大森林の奥では‥‥‥」
「それなら別の者に調査を頼んである。」
「えっ‥‥」
「他に無ければ下がれ。」
「この件は我が隊が一任されていたと思っておりましたが‥‥。」
「アスピオの研究員に任せた。そなたはこれ以上この件に関わらずともよい。」
「納得できません。今の現状は異常としか思えません!!なら‥‥研究員と共同にできるだけ騎士を派遣し、世界にあるエアルクレーネを調べ上げる必要が‥‥」
「くどいっ!!下がれと申したはずだ。」
これは・・・・私がユーリ達と出会う前・・・・帝都でのアレクセイとの会話。
「そなたは父親そっくりだな。任命された仕事以外の事をやりたがる‥‥その燃えるような緋色の髪や、似つかわしい碧色の瞳‥‥見ていて不愉快だ。」
そう・・・・私はこの言葉を吐かれ強い怒りを感じて・・・・アレクセイに剣を突きつけかけて・・・・そこをヴィンスが止めてくれたんだっけ・・・・。
なんだろう・・・・とても体が重くて・・・・瞼も開けなくて・・・・真っ暗だわ・・・・。
言葉だけが頭に響いてくる。
「私、騎士団を変えたい。キュモールのような権力だけの人間が横行しない、本当に人々の平穏の為に存在するそんな騎士団にしたいの。」
「それは上を目指すって事か?」
私と・・・・ユーリの声・・・・。
そうだわ。確かユーリと別れる直前、ノードポリカでの会話・・・・。
「違うわ・・・・そんな暢気な事をしていたのでは犠牲が増えるばかりよ。私は、上を引きずり落とすつもりよ。」
「反旗を翻すって事か?」
「そうね、言ってる事とやってる事が矛盾しているわね。それでも私はこの方法を選ぼうと思う。自分の正義の為に。」
「あなたのやろうとしている事は『革命』ではない、『反逆』です。」
ハッとした。
今まで頭に響いていた声が、今度はすぐ耳元で聞こえたからだ。
重くて開くことのできなかった瞼は驚きの反動でパッチリと開くことができ、目を開け見渡した世界は何処までも暗く重い空気が漂い、私の体は極度の緊張で強張り心臓がバクバクと激しく脈打っていた。
「でも・・・・このままでは弱い立場の者達が虐げられ、権力だけが横行する世界に・・・!」
周りをぐるぐる見渡しながら、姿の見えない彼に向かって必死に話しかけていた。
「それが『世界』と言うものです。」
今までぼんやりと聞こえていた声とは違う。
ハッキリとその声は聞こえた。
私の後ろから・・・・。
驚き反射的に後ろを振り向くと、真っ暗な世界に温かな光りに包まれ穏やかに微笑むハンスが居た。
「そう、この腐敗しきったこの世界を救うため、私は力を手に入れるのだ。その邪魔となる始祖の隷長は死して当たり前ではないか?そなたの父のように。」
心臓をえぐる様な低い声、その声に釣られ後ろを振り返ると、剣を頭上高く構え不敵な笑みを浮かべたアレクセイが居た。
「ヴォルケン・スフォルツァ、あの者は愚かであった。理想ばかり掲げ、何一つできはしない愚かな男よ。」
「自惚れないで下さい。あなた1人の力など限られています。」
アレクセイとハンスの声が重なる。
私は・・・・。
わたし・・は・・・・。
騎士団を・・・・帝国を・・・・世界を・・・・。
動けずにいる私目掛けて高笑いをしながらアレクセイが剣を振り下ろす。
まるでスローモーションのように私に襲い掛かる刃をジッと見つめていた。
これが自分の力量も測れず、権力に歯向かった私の最期・・・。
私は・・・理想ばかりで何も取り得もない・・・愚かで・・・ダメな人間・・・そういう事なの?
「法が奴らを裁かないと言うなら、俺がやるまでだ。」
ドッと言う肉を突き刺すような不快な音と、強いサビの臭いが鼻をついた。
アレクセイは苦痛で顔を歪め、口からは大量の血が吐き出されていた。
そして彼の体には見事なまでに心臓を目掛け1本の切っ先が突き刺さっていた。
「ユー・・・リ?」
心臓を捕らえた切っ先が素早く抜かれ、同時にアレクセイが大量の血を流しその場に倒れる。
驚く私の正面には血で汚れた剣を手にしたユーリが居た。
ユーリの瞳はとても冷たく光りを失ったようだった。
ジッと彼を見つめる私とは一切視線を交わらせる事無く、ユーリは再び剣を構えなおすと素早い動きで私の隣を通り抜けある人物へと剣を振り下ろした。
待って・・・!
やめて・・・!!
お願いっ!!!
ユーリっ!!!!!!
彼を止めようと動こうとする体は、鉛でがんじがらめにされたかのようにとても重く、私の願い虚しくユーリは低い衝撃音とともに彼の体に剣を突き刺してしまった。
静寂の中に、ポタリ・・・と滴る赤い血が落ちる音が聞こえた。
スルリと血で汚れた剣がユーリの掌からこぼれ落ち、カランと乾いた音をたてて地面に落ちた。
ユーリは血で汚れた掌をジッと見つめていた。その手は小刻みに震え、見つめる瞳からは一粒の涙がこぼれ落ちていた。
「わかった上で選んだ・・・・人殺しは『罪』だ。」
静かにそう呟くとユーリは闇に溶けるように消えてしまった。
消えたユーリの先には血を流し倒れるハンスの姿があった。
「リュイ!」
呪縛が溶けたかの様に、あれまで重く思うように動く事ができなかった私の体は自由を取り戻し、倒れている彼のもとへと駆け寄る事ができた。
「どんな結果になっても後悔はしないと、約束して下さい。」
倒れた彼の上半身を起し彼の顔を覗くと、血の気を失って真っ青な唇が言葉を紡ぐ。
「・・・・こう・・かい?」
「そうです。」
不思議だった。
苦痛で歪んでいるはずのその表情は何処か穏やかで・・・微笑んでいるようにも見えた。
何も答える事ができない私を見つめる彼の唇が静かに動く。
「え?今・・・何て言ったの?」
そこ声はあまりにも小さく聞き取る事ができない。
「リュイ!聞こえないよ!!もっと、大きな声で言って!!」
意識が遠のいていくのか彼の瞳から光りが失われ、必死に繋ぎとめようと握りしめた彼の掌からはゆっくりと体温が奪われていく。
「リュイ!!!」
「安心するがよい、今すぐにそなたも送ってやる。」
心臓を剣で貫かれ倒れたはずのアレクセイが私の背後に立っていた。
そして再び剣を私目掛け振り下ろす-------!
*
「やめて!ッッ!?」
衝動で体を起した瞬間、左脇腹より強い痛みを感じ、あまりの痛さに私は一度起した体を再びベッドへと戻す。
ベッド?
私は今ベッドの上に居るの?
「気が付いたか。」
状況が飲み込めず混乱していると、聞き覚えのある男の声がした。
「傷が塞がっていない。急に動くと傷が開く。」
声の主が話しながら私の方へと近づいて来る。
天井を見上げていた私は、近づく声の方へゆっくりと頭ごと視線を動かし声の主を見上げた。
「デューク?」
予想もしていなかった人物に私は驚いた。
サイドに置かれた椅子に腰掛け、彼は表情無く私を見下ろす。
「どうして・・・。」
「ココは以前そなた達が訪れたヨームゲンだ。」
あなたがココに居るの?
問いかけようとした言葉は彼の言葉によって塞がれてしまった。
「傷が癒えるまでココで匿うつもりでいたが、間も無く彼らがココへ来る。後は彼らにそなたの身を預けようと思う。」
「ま、待って。話がよく見えないのだけれど・・・私をあの場から助けてくれたのは・・・あなたなの?」
言いたい事だけ言って、立ち去ろうとする彼を慌てて私が止める。
痛む傷口を押さえ、上体をゆっくりと起そうとした私を、デュークの白くて大きな掌が背を支え置きやすくしてくれた。
「あ、ありがとう。」
「そなたを助けたのは、少しでもヴォルケンへの恩を返せれば・・・と思ったまでだ。」
ヴォルケン・・・それは私の父の名前。
帝国を裏切った者として極刑を言い渡され、命を落とした私の父。
以前ヨームゲンを訪れた時、彼が話してくれた父の裏切りの真実。
人魔戦争の折り、帝国軍に命を狙われたデュークを、父は自らの命を顧みず帝都より逃がす手助けをしていた。
帝国の意思に背いたその行動は裏切りとみなされ父の命を奪った。
「恩・・・だなんて。」
「彼の命を救う事ができなかった・・・私はずっと後悔していた。」
『後悔はしないと、約束して下さい』
デュークの言葉を聞いた瞬間。フラッシュバックのようにハンスの言葉が私の頭に響いた。
戸惑い呆然とする私の頬に、冷たいデュークの手が添えられハッと意識を戻す。
「すまない。私ではそなたの傷を癒す事はできない。」
「えっ、えっと・・・大丈夫です。これくらいの傷、慣れてますから。」
まっすぐに見つめてくる緋色の瞳に少々鼓動が早くなる。
こんな間近で見る彼の顔はとても整っていて綺麗だと思った。
(わ・・・私って面食いなのかな!?び・・・美形に弱い気がする!!)
どんどん顔に熱が上がっていくのがわかる。
ずっと見つめてくる彼にどうしたらいいのか戸惑っていると、何かに反応しデュークの視線が素早く右へ反れた。
「彼らが来たようだ。」
「彼ら・・・って誰ですか?」
「そなたがよく知った者たちだ。」
デュークがそう言って席を立った瞬間、辺りは眩いばかりの光りに包まれ、その眩しさに瞳を閉じ開けた次の瞬間には風景が一変していた。
先程まで座っていたベッドは消え失せ、サラサラと風によって舞う金色の砂の上に私は座っていた。
見上げた天井は無く、仰ぎ見れば真っ青な空が広がっていた。
驚き周りを見渡せばどこまでも続く砂漠の中に、何戸か木材で作られた骨組みしか原型を留めていない廃墟とかした建物しかなかった。
刹那の内に一体何が起こったと言うのだろうか?
「また何処かで・・・。」
驚きのあまり呆然としていた私の頭上からデュークの声が聞こえ、急いでそちらを振り向けば、帝都で見た巨大な翼を持つドラゴンに跨る彼が居た。
彼は一言だけそう告げると足早にそのドラゴンと供に飛び去ってしまった。
*
その頃ユーリ達は、突然姿を消したエステルとレイヴンを追ってヨームゲンの街へとやって来ていた。
辿り着いたそこは、以前訪れたヨームゲンとは打って変わり、砂漠の中に廃墟とかした建物が幾つかあるのみで人の姿など何処にもなかった。
「どうなってるんだ?」
長い黒髪を掻き分けながらユーリが呟く。
状況が飲み込めず混乱する一行の目に、砂丘の奥に見覚えのある人物を見つける。
「デューク・・・!」
白く輝く長い髪を持ったその人物の名をユーリが口にする。
「リゾマータの公式の手がかり・・・!」
長年探し求めている公式のヒントとなるデュークの存在に、目の色を変えたリタが声に出したと同時に、ドラゴンのような魔物に跨ったデュークが空高く飛んでいってしまった。
「ねぇ!あそこにもう1人誰か居るよ!?」
デュークが飛び去った足元を指差しカロルが言う。
「あそこに居るの・・・。」
カロルの言葉にジュディスもその人物に気付いた。
「---っ!ロゼ!」
同じく気付いたユーリが声を張り上げ名前を呼ぶ。
風になびく長く燃えるような緋色の髪。
見間違う事などありはしない。
想い続けた彼女の存在を--------!
第10話につづく・・・・。
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