「前菜はココからココまで。メインはこれとこれを3皿ずつ。食後にメニューに載っているデザートを一通り。あ、後、白ワインを2本お願いします。」 「わ、わかりました。」 日も沈み、小腹が空いたと言う事で私達はノール港にある少々格式高いレストランへとやってきた。 通された席は入り口から離れた奥の席で、丁度死角になり人目に付き辛い所だった。 そして、席に着くなり店員にメニュー表を手渡されたハンスは、迷う事無く次々と料理を注文していく。 「以上です。」 2人分とは思えない注文の数に驚く店員を余所に、ハンスは早々に店員を下がらせた。 相変わらずの大食漢に私は小さくため息をつく。 ハンスとは何度か食事に出かけた事があり、毎回このパターンだった。 料理の注文は全てハンスが行い、私は出された料理を文句なく食べる。 そして、必ず彼は食事の時は白ワインしか飲まない。おかげで私もその癖が移ってしまっていた。 注文を受けた店員が早々に戻って来て、ワイングラスを私とハンスの前に、白ワインを1本テーブルに置き、もう1本はコルクを開けそれぞれのグラスに注いでいく。 つぎ終わると、丁寧に一礼して去って行った。 ハンスは気だるげにグラスを手に持つと、それを一気に仰いだ。 唖然とそれを見つめていた私の前に、空になったグラスを傾け、注げと言わんばかりに不機嫌な瞳とかち合う。 私は蓋の開いたワインを手に取り、ゆっくりとそのグラスにワインを注いだ。 そしてまた一気にそれを仰ぎ、私の目の前に空のグラスを差し出してきた。 (き・・・気まずい上に、もの凄く怒ってるオーラを感じる・・・。) 触らぬ神に祟りなし。 私はなるべく視線を合わせないように、注がれるワインの口を見ながら彼の要求に答え続けた。 ハイペースな飲みっぷりのおかげで、前菜がテーブルに並べられた頃には既に1本目のボトルは空になっていた。 ここまで私達の会話は全く無い。 ハンスの前にはサーモンのカルパッチョや、生ハムがのったサラダなど豪華そのものだが、私の前に出された前菜は、大根と玉葱、申し訳程度のキャベツと彼と比べれば寂しいメニューであった。 (・・・怖い・・・。) ヒシヒシと感じる彼の怒り。 黙々と料理を食べていくハンスにならい、私もフォークを手に取り静かに料理を胃に押し込む。 こんな緊張の中で食べる料理だ、味なんて何一つわからない。 何とか大根サラダを食べ終え、一息ついたところに次々とメイン料理が運び込まれる。 「こ・・・・こんなに食べるの?」 あまりの量の多さに、つい言葉が口をついて出てしまった。 「オムライスはあなたのです。食べなさい。」 そう言って、ハンスは沢山ある料理の皿から、半熟卵で包まれたオムライスがのった皿を私に寄せた。 「あ、ありがとう。」 予想外の展開に、反応が遅れてしまったが、デミグラスソースから香る美味しそうな匂いに顔がほころぶ。 (覚えてたんだ・・・。) さり気ない一連のやり取りであったか、ハンスが私の好みを覚えていてくれた事に嬉しくなる。 「やっと笑いましたね。」 スプーンを手に取り、一口食べようとしていた私は、優しげな声に視線を上げた。 「ずっと怯えた様な顔をして、失礼な事この上ないと思ってました。」 視線の先には、柔らかく微笑んでいるハンスが居た。 「だ、だって現にリュイ怒っていたでしょ?」 「怒ってますよ。私に一言も無しに、あのバカの口車にのってしまうあなたの神経に。」 「あ、あはは・・・。」 やっぱり怒っているのかと、ため息に似た苦笑いがこぼれた。 因みに、『あのバカ』とはヴィンセントの事である。 エリオットは『あのアホ』とハンスの中では位置づけられている。 「それにしても、ヴィンスへ送った手紙の内容をなんでリュイが知っているの?」 ノードポリカを出発する前夜に、帝都に向けて送った手紙の内容はこうだ。 ≪首を捕るため、帝都へ戻る。至急ノール港へ≫ 私の隊が秘密裏に使用する情報屋『サブリナ』へ宛名無しに送れば、確実にヴィンセントへ届くようになっていた。 だが・・・・ヴィンセントとハンスは実を言うと、仲が悪い。 彼が故意にハンスへ手紙の内容を伝えない、と言う事は安易に想像がつくが、その逆は考え難い。 「そんなの簡単な事です。情報屋を買収しました。」 「はぁ?!」 衝撃的な一言に、私は場所も弁えず大きな声を上げてしまった。 「ば、買収!?」 「そうです。あなたが帝都を出たと話を伺った時、確実にあの情報屋を使ってあのバカに手紙を送りつけてくる事は予想がつきましたので、高い硬貨を払ってあなたから届く全ての手紙を私に回すよう交渉しました。」 「ヴィ・・・・ヴィンスなら話せば手紙の内容くらい教えてくれると思うわよ?多分。」 一応、社交辞令的な意味でフォローを入れてみる。 だが、いくら仲が悪いと言っても、敵同士ならまだしも、内輪で情報の奪い合いなどとは・・・・予想だにしない内容に私は愕然とする。 「あのバカに?私が?イヤですよ。」 美味しそうなローストビーフをナイフで切り分けながら、たっぷり一音一句間をあけながら心底嫌そうにハンスが話す。 おそらく、互いが逆の立場でも同じ事を言うだろう。 それくらい、ヴィンセントとハンスは仲が悪い。そうなってしまった原因は確実に私にあると思うので、ここは追求せず流す事に決めた。 ハンスと私は昔恋人関係にあった。 きっかけは私の一目惚れで、付き合い始めてすぐ彼の異常な性格について行けず程なくして別れた。 初めての恋人であり、初めて好きになった異性だったので、私もそれなりに彼に合わせようと頑張った。 その度に、毎夜のようにヴィンセントに泣きながら愚痴っていたので、その事で二人がもめていたらしく、原因を作ってしまった後ろめたさから、何とか二人の関係を修復しようとあれや、これやと考えを巡らせた事もあったが、全ては無駄に終わった。 根本的に相性が良くないのであろう。 「で、放浪の旅で何かわかった事はありましたか?」 「え?あ、うん。手紙に書いたと思うけど・・・。」 「聞かれた事は話しなさい。」 「は、はい・・・。」 ヴィンセントに宛てた手紙に、知った内容はほとんど書き宛てていたので、それを読んだハンスは知っていると思うのだが・・・・。 そうは思っても、言葉にすることはしない。 それが長年培ったハンスとの付き合い方だった。 「まず、カドスの喉笛で遭遇したエアルクレーネでのエアルの異常放出。リタ・モルディオの話によればケープ・モックのエアルクレーネとは違うそうよ。」 「どう違うのです?」 「何かがエアルクレーネに干渉し、異常な放出を促したと言っていたわ。自然現象ならケープ・モックみたいな植物の異常繁殖とかがあるらしいから。」 「そうですね。」 話せと言いながら、聞いてるのか危うい生返事をしながら、次々に料理を食べ進めていくハンス。 「そう言えば、デュークと言う男の人と会ったの。」 「デューク?デューク・バンタレイですか?」 「知ってるの?」 「彼は人魔戦争の英雄ですから。彼と何処で?」 先程まで、料理にしか視線が向いていなかったハンスがしっかりと私を見返してきた。 どうしたのだろう。 彼がここまで他人に興味を示す事は珍しい。 「ヨームゲンという街よ。コゴール砂漠の果てにあるわ。」 「ヨームゲン・・・・聞いた事ありませんね。彼は不思議な剣を持っていませんでしたか?」 「持っていたわ。聖核を・・・・その剣から不思議な術式が現れて・・・・消してしまったの、聖核を。確か彼は『エアルに還す』と言っていたわ。」 『ケープ・モックの時と一緒だわ。』 ふと、この時今まで忘れていたリタの言葉が脳裏に浮かんだ。 カドスにて、エアルクレーネからエアルが異常放出された時、大きな魔物・・・・今思えば始祖の隷長だったのだろう。かの者が現れエアルを正常化させた。 『ケープ・モックでも今みたいなエアルクレーネの暴走があったんだけど、その時に不思議な剣を持った男が現れて、さっき現れた魔物と同じようにエアルを正常化したのよ。その時剣から浮かび上がった術式とさっきの魔物の力・・・・リゾマータの公式なの?』 「リゾマータの公式・・・・?」 「おや、難しい言葉を知っていますね。」 「リタが言ってたのよ。多分、デュークの持っていた剣から発動された術式はそうじゃないかって。」 「リタ・モルディオね・・・・。リゾマータの公式とは『エアルの仕組み自体に自由に干渉できる究極の論理』と言われています。世界に存在するあらゆるものは、エアルの昇華、還元、構築、分解により成り立っており、それを自由に操る事で論理上はエアルを、そしてその全ての物質を意のままにできる。そんな考えです。」 ハンスは帝都に来る前はアスピオで魔導器の研究をしていたと言う。 さすがと言うか、リタ並に知識が豊富だ。 「デュークが持っていた剣は『宙の戒伝(デインノモス)』と言います。帝国皇室に代々受け継がれた宝剣です。」 「!?何でそんな重要なもの彼が持っているの?」 「帝国から盗んだんですよ。」 「盗んだ!?」 「そう、私は伺っています。」 彼は帝国より裏切られ刃を向けられた時、父の助けのもと城より逃げだしたと話していた。 その時に持ち出したのだろうか・・・? 「話が反れましたね。それで、『首を捕る』とは具体的にどうするんですか?」 「フレン・シーフォが話してくれたわ。アレクセイは帝国より禁止されている魔導器の新開発を行っていると。ヘルメス式魔導器を知ってる?」 「随分会わない間に博識になられたようで。」 「茶化さないで!」 なかなか確信を話さないハンスに苛立ちを感じ、私は怒鳴りつけるような声を発していた。 「場所を変えましょう。ここでは目立って仕方がない。」 食べ終えていない料理をその場に残し、ハンスはゆっくりと立ち上がり自分の荷物を手に取ると、静かに出口の方へ歩いて行ってしまった。 * 店を後にした私達は、月明かりに照らされる穏やかな波間を見ながら港を無言で歩く。 二人並んで歩く訳でもなく、先を歩くハンスの後ろを私は彼の背中を見ながら付いて歩いた。 月夜に照らされてキラキラと輝く彼の髪は、歩くたびにユラユラ揺れて、とても綺麗だった。 そんな彼の外見に惹かれ、恋に落ちたのは大分前の話だ。 今ではその心は醒め、同じ隊にいる仲間として私は彼を頼りにしている。 「おやめなさい。」 ただ穏やかに、彼はその言葉を口にした。 「あなたには不相応です。」 「そんな事っ!」 「ロゼ!」 「!?」 名を呼ばれ、私を振り返った彼の顔を仰ぎ見た。 「ロゼ。あなた後ろにはあのバカやアホ達が、帝国より預かりし騎士達がいる事をお忘れなく。」 「リュイ・・・?」 「あなたのやろうとしている事は『革命』ではない、『反逆』です。」 「!?」 「失敗すれば皆殺される。『あの者』に。」 「でも・・・・このままでは弱い立場の者達が虐げられ、権力だけが横行する世界に・・・!」 「それが『世界』と言うものです。」 ・・・セカイ・・・。 それが世界の理だと言うのか・・・? 彼はいつも正しい事しか言わない。 感情的になる事もしばしばだが、それでも最終的には皆の為、私の為に参謀官として策を考えてくれた。 その彼が・・・・『否』と言っている。 きっとそれは正しい。 今ここで、アレクセイに戦いを挑んだところで勝ち目は無い。 それでも・・・・。 『法は常に権力を握る奴の味方だ。』 『法が奴らを裁かないと言うなら、俺がやるまでだ。』 『待って!』 『いかっ・・・ないで・・・』 『ユーリ!!』 それでも私は・・・・。 「私が『世界』を変えるわけではないわ。私が立ち上がる事で、フレンやエステリーゼ様、『世界』の現状に違和感を感じている皆が後に続いてくれると信じてる。私はそのきっかけになれればそれでいい。」 彼に罪を犯してほしくない。 人を殺める事に慣れてほしくない。 彼や皆が、安心して安らげるそんな『世界』を。 「自惚れないで下さい。あなた1人の力など限られています。」 目を細め、硬質な声で彼が呟く。 「そうね。頼りにしているわ、リュイ。」 一瞬瞳を見開き驚いた表情の後に、呆れに似た苦笑いを彼はこぼした。 そして、一歩大股で私に近づくと右手を掴まれ、そのまま彼に引き寄せられる。 一瞬の事で何が起きたのかわからなかったが、視界いっぱいに広がる彼の顔や、懐かしい少し低い彼の体温を感じ、抱き寄せられた事に気付く。 「では、どんな結果になっても後悔はしないと、約束して下さい。」 「後悔?」 「そうです。」 不思議な気分だった。 切ないような、困ったような、穏やかな彼のこんな微笑みを見たのが初めてだったから。 「しないわ。これが私が選んだ道だから。」 『リィ・・・。』 『お前はそれでいいのか?』 「私が愛する人は、皆バカばかりです。」 「え?」 カチャリと言う小さな金属音がしたかと思うと、両手首に冷たい感触と共に圧迫感を感じる。 ふと視線を落し、自分の手を見てみると両手は頑丈な金属の手錠で繋がれ、自由を奪われていた。「何!?」 「あなたを連行します。大人しく帝都へお戻り下さい。」 ハンスを見返すと、先程までの穏やかな微笑みではなく、顔に張り付いたような冷たい笑顔で私を見下ろしていた。 そして、ハンスがパチンと指を鳴らすと、物陰から数名の騎士が現れ、私達を取り囲んだ。 騎士の鎧の色はレッド。アレクセイ率いる親衛隊の色だ。 「どういう事!リュイ!」 ハンスは私を1人の騎士に預け、この場から離れて行く。 「私は閣下の命であなたに近づきました。」 「!?」 「『そういう事』です。」 後は任せたと、離れて行くハンスを見つめながら私の頭はこの状況に追いつけないでいた。 ハンスが私を裏切った? 違う! 彼は・・・・彼は・・・! 「アレクセイ側の人間だった・・・・?」 私は彼に騙され続けていた? 『それが『世界』と言うものです。』 私はただ、闇の中へと消えて行く彼をジッと見ていた。 第4話につづく・・・・。 [*prev] [next#] |