「ユーリの側に・・・・いたい。」 [ 6/20 ]


「駄目だわ、駆動魔導器(セロスブラスティア)が動かないわ。」

大型船舶の動力に使用される駆動魔導器。
エンジンとも言うこの魔導器がどういう事か、急に動かなくなった。
この事が原因で、船も止まったらしい。

「私に見せて。」

魔導器の事ならリタに任せるのが一番、と決まり仲間たちは思い思いに時間を潰し、直るのを待つ事にした。
私は、気まずくなったユーリと距離を置き、ジュディスと一緒にお茶を飲んで過す事に決めた。
一人では居たくなかった。ユーリに話掛けられるかもしれないからだ。
ジュディスと他愛無い会話をしていると、リタの発狂した叫び声が聞こえてきた。

「駄目だわ!!魔導器自体は何の問題も無いのに、何で動かないのかしら。」

「え〜。おっさんこんな所で漂流とかや〜よぉ。」

レイヴンが子供のように駄々をこねる。

「何か他に原因があるのかしら・・・・。」

リタはそんなレイヴンを完全に無視し、思案に集中する。

「あれじゃない?」

そこに、この様な状況でも落ち着いたジュディスが、側面で停止しているオンボロの船を指さした。
と、同時にその船から渡り板が不気味な音をたてながら、私たちの船と、その船を繋いだ。

「うわぁ!!か・・・・勝手にう・・・・動いたよ!?」

「か・・・・勝手に動くわけ・・・・・なな無いじゃない!!だ、誰かが動かしてるのよ!!」

明らかに、怯えているリタとカロル。

「どうします?ユーリ。」

「行くしかないんじゃないか?」

並んで、その様子を見ていたエステルとユーリは、どうやらその船の中に入り、原因を探索してくる事に決めたようだ。

「わ、私は行かないわ!!ココで魔導器調べてないといけないし!!!」

「ぼ、僕もできれば行きたく無いかも・・。」

すぐに、リタとカロルは探索部隊から外れるたい、と言ってきた。

「私は行ってみたいわ。面白い事があるかもしれないし。」

好奇心旺盛なジュディスは参加を希望。
エステルとレイヴンはどちらでもいい、と言う意見だった。
私は、その二人の意見に合わせた。
本当のところは、ユーリと一緒じゃななければ・・・・・と言うのが本音なのだが。

(ユーリと行動を離れ、少しでもこの状況を打破する方法を考えよう!!)

そんな事を考えていると。

「そんじゃ、俺とラピード、そしてロゼで中を調べてくる。」

「えっ!!!」

ユーリのとんでもない提案に、私は我を忘れて大きな声を上げてしまった。

「他の皆は待っててくれ。俺達が1時間経っても戻って来ない、または何かしら状況が変わったら、後から中に入って来てくれ。」

皆はユーリの意見に頷いている。
チョット待って。
ラピードが一緒って言っても、事実上二人っきりだ。

(絶対!!さっきの話をもち出されるっ!!)

「い・・嫌っ!!私ユーリと行きたくない!!!」

皆が渡り板近くに集まって居る中、私は少しずつ後ずさりながら、距離をとっていく。

「どうしたんです?ロゼ。」

そんな私の様子に、エステルが心配そうに声を掛けてきた。
完全拒否の姿勢をみせる私を見て、不思議がるメンバー。
そこにユーリが、睨みつけるような怖い顔をして私に近づき、右手首を掴んだ。

「いいから、一緒に行くんだ!!」

「い、嫌だ!!私幽霊怖い!ユーリが怖い!!行きたくないっ!!」

「俺は怖くない!!怒ってないし、幽霊だって俺が守ってやるからっ!!」

私は、半分引きずられるように幽霊船の中へと、連れて行かれた。

「何・・・あれ。」

「何か痴話喧嘩でもしたんじゃな〜い?」

リタが目を細め、理解ができないと言った感じで話だすと、レイヴンが面白いものを見た、といった感じで言葉を続けた。「うん。あんなユーリ初めて見た。」

「ホント、面白いわよね。あの二人。」

と、カロルとジュディスも言葉を続ける。

「ユーリはロゼが好きなんでしょうか・・。」

他の4人とは別に、一人誰にも聞こえない声で話すエステル。
呆気にとられ、私たちの様子を見ていた仲間たちは、霧の中へ消えて行ったのを確認した後、そんな会話をしていた。





「いい加減、手を離してよ。」
右手を掴まれながら、幽霊船の中を進んで行く私たち。
先頭をラピードが歩いている状態だ。
中は薄暗く、周りがぼんやりとしか見る事ができない。
不思議な造りの船内は、壁の片面は一面ガラス張りになっている。

「逃げないって約束するか?」

「に・・・・逃げる。」

「じゃ、離さねぇ。」

「逃げない、逃げないから離して・・・・手首が痛いわ。」

私がそう言うと、あっさりと手が離れ、焦ったユーリがこちらを振り返った。

「わ、悪い。そんなに強く握ってたつもりはなかったんだが。」

そして、また私の右手首を掴んだが、今度は、優しく痕が残っていないか確認するように彼の目の高さまで持ち上げられた。

「大丈夫よ。痕がつてもすぐに消えるわ。」

先程の、ピリピリとした空気がとれ、いつもの柔らかい彼の雰囲気に戻り、私も少し緊張が解れてきた。
彼は常に誠実だった。
困っていた私を助け、自分は寒空の中野宿し、私の為に暖かいベッドを譲ってくれた。
財布まで取り返してくれて・・・・・。
そんな彼に対し、私はどうだろう。
自分の目的の為に、彼を騙して、情報を得ようとしている。
そして・・・・目的が達成されれば何もなかったかのように、彼の前から立ち去ろうとしていた。

(最低なのは私の方だわ・・・・・・・。)

自分の浅はかな考えに嫌悪感を懐く。
心配そうに覗き込むユーリを見上げ、私はぎこちなく微笑んだ。

「ごめんなさい、ユーリ。私本当の事を話すわ。」






帝国騎士であること。
皇族に連なる血族の貴族であること。
世界で起きている、不可解な現象の正体が知りたくて、全てに関わっていたユーリに近づき、情報を得ようとしていたこと。
そして・・・・。
前話した事のほとんどが嘘であったこと。
船内を少し進んだ所に、おそらく食堂として使われていたと思われる、テーブルと椅子がいくつも置かれた部屋があった。私たちは、その部屋の一つのテーブルにつき、向かい合うように座っていた。
目の前で手を硬く結び、俯きながらゆっくりと話す私の言葉を、ユーリは椅子に斜めに座った状態で、目線を私に合わせながら、静かに聞いててくれた。
全ての話が終わった時、私は涙を流していた。
それに気付き、両手で顔を覆い、彼に見られないように隠した。
私には泣く権利なんてない。
騙していたのは私なんだから・・・・。
止めようと思っても止まらない涙に、手の甲で涙を拭おうとすると。

「やめとけ、目が腫れるぞ。」

そう言ってユーリは立ち上がり、椅子と一緒に私の右横に移動してきた。私の顔を左手で支え、右の親指の平で優しく目じりから流れる涙を拭ってゆく。

「み、見ないで。私今酷い顔だから。」

「確かに、酷いな。」

ユーリは笑いながら、からかう様に言った。

「だからはなっ・・・。」

離して欲しい。そう伝えようとした言葉は、途中で途切れてしまった。
ユーリがその大きな腕で、私の体を抱きしめていたから。

「それで、ロゼはこれからどうするんだ。」

これから?

「正体がバレて、帝都に帰るのか?」

帰る?

「俺の側から、消えるのか?」

消える?
ユーリの側から離れて、帝都に帰る?
私・・・・は。

「ユーリの側に・・・・いたい。」

私がそう言うと、抱きしめる腕の力が一瞬強くなり、そしてその腕の中から開放された。

「じゃ、決まりだな。これからもよろしくなロゼ。」

そう言って、ユーリは私の前髪を掻きあけ、額にちゅっと音をたてキスをした。
ビックリして、今まで流れていた涙は止まり、同時に思考も止まってしまい、私はただ微笑むユーリの顔を見つめていた。

「くっ、マジお前今酷い顔だぞ。目は鳩鉄砲くらったみたいにまんまるで、涙だ、鼻からは鼻水だ、口は半開きだしな。」

ユーリは笑い混じりに、私の顔がいかに酷い事になっているのか、こと細かく教えてくれた。

「〜っ!!誰のせいだと思ってるのよっ!!」

私が、恥ずかしさと、怒りと、いろんな感情が入り乱れ半パニック状態で叫ぶと、ユーリが「しっ」と言って私の口を手で押さえ、黙るように言った。
どうしたんだろう。と思っていると、彼は立ち上がり扉の方へと歩いて行く。

「チョっレイヴン押さないでよっ」

「だってよく聞こえないだもん。」

「あらあら、二人とも静かにしないと・・・・。」

カロル、レイヴン、そしてジュディスの声が聞こえるその扉を、ユーリは勢いよく開けた。
あとはご想像通り、なだれの様に仲間たちが倒れてきた。

「何してんだお前ら。」

「一時間経っても戻って来ないから探しにきたんだよ〜。」

恐る恐る、ユーリの表情を伺いながら話だすカロル。

「そしたら、何かワンコがこれ以上は入るな、みたいに通せんぼするから、気になって様子を伺ってました!!」

倒れた時に腕を痛めたのか、擦りながらレイヴンが答える。

(ラピード・・・何て空気を読む犬なのかしら)

呆然とそんな事を考えていると。

「あらあら、どうしたのかしら。泣いていたの?ロゼ。」

側にきたジュディスが私の顔をみて訊ねてきた。

「もしかしてユーリが泣かせたんです?」

エステルが咎めるように、ユーリを振り返りながら言った。

「うわ〜、青年なんか如何わし事でもしてたんじゃないでしょうね。」

「してね〜よっ!!」

レイヴンのからかいに、否定するユーリ。

「何か、ユーリ顔赤いよ?」

「うわっ!!青年説得力なくってよ。」

カロルの指摘に、レイヴンが面白がって乗っかる。

「馬鹿っぽ〜い。」

それをみたリタが、あきれながら口癖を言う。

「本当に何でもないんですか?」

まだ、心配しているエステルに、大丈夫だと伝える。

「取り合えず、皆合流したところで探索を続けましょ。」

ジュディスの提案に合意し、改めて私たちは船の探索を始めた。

「私の正体は、皆に内緒って事でいいのかしら?」

「そうだな、俺とロゼの秘密って事で。」



この時の私は、彼の気持ちはもちろん、自分の気持ちにさえ、気がついていなかった。



第7話につづく・・・・。


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