星々が輝く夜空には、ドーン、ドーンと大きな爆発音と共に大輪の大きな花が咲き乱れ、街の人々は歓喜に沸き、歌い踊り体全体で嬉しさを表現している。 圧制を強いてきたキュモール隊は、空色の鎧に身を包んだ若き騎士フレン隊により包囲、捕縛された。 寝る前はお通夜のように沈んでいた街が、寝ている間に披露宴のような賑わいに変わり呆気に取られていた仲間達も、気付けば街の人々につられるように一緒になって喜びを分かちあっていた。 「本当はこんなに賑やかな街だったんだね。」 夜空に咲く花火を見上げながら、満面の笑みでカロルが話す。 「えぇ、開放されて良かったわ、本当に。」 同じく笑みを浮かべ話すジュディス。 安心感に溢れる二人とは対照的に、怪訝な表情を浮かべるエステルが居た。 「逃げたキュモールは、また何処かで悪事を働くかもしれません。」 捕縛した騎士の中に、キュモールは居なかった。マンタイクの何処を探しても見つからない事から、フレン隊の動きを察知し、何処かへ逃げたのだと推測された。 だが実際は、彼を裁きに来たユーリから逃走を図るも流砂にのまれ死亡している。 一度のみ込まれれば、死体は見つからない。 直接彼がキュモールを害したわけではない、が、側には万が一を考えて救助用のロープが備え付けられているにも関わらず、彼はそれを使用しなかった。 ただ砂にのみ込まれるキュモールを見下ろし、間接的に彼はキュモールを『殺し』たのだ。 「そう言えばユーリとロゼは?」 周りを見渡し、二人がいない事に疑問を抱いたリタが問いかける。 「ロゼが体調を崩して部屋で休んでるんです。ユーリは傍で付き添ってます。」 リタの問いに、エステルが答える。 「ねぇ、あの二人の関係って何?常に一緒にいるイメージがあんだけど。」 「それは・・・・ねぇ。」 「そう・・・・ですよね。」 振って湧いたリタの疑問に、ジュディスとエステルは互いに顔を見合わせ微笑んでいる。 「だからっ何なのよ!!」 そんな二人に対し、理解不能と言わんばかりにリタの雄叫びが夜空に木霊した。 * 「っ〜・・・・痛い。」 「少し我慢しろ。」 私の頬は、キュモールに殴られた事で、少し赤く腫れていた。 ベッドに腰掛る私の正面に膝を付き、彼が私の頬にタオルを当てて冷やしてくれている。 頬は腫れ、服は乱れ、とてもじゃないが仲間達の前に出れる状態じゃない私を庇い、ユーリは嘘をついて別に一室設けてくれた。 初めて会った時からそう、彼は気が利き、私に善くしてくれた。 見ず知らずの女の財布を探してくれたり、財布がなくて宿に泊まれない女の為に野宿してくれたり、行方不明の幼馴染を探すなんて嘘に付き合ってくれたり・・・・。 本当・・・・。 「ありがとうユーリ・・・・そして・・・・ごめんなさいユーリ。」 「?何だよいきなり。」 頬に添えられたタオルを持つ彼の手に、自分の手を重ね、瞳を閉じゆっくりと言葉を吐いた。 「いつも、いつも私はあなたに迷惑をかけてばかり・・・・今回の旅で私は箱庭の中で物事を見ていたんだって事に気付かされたわ。」 静かに話す私を、彼はただ黙って聞いていた。 「ねぇ、ユーリ。あなたがラゴウを殺したの?」 ゆっくり瞳を開け、私を見上げる彼の顔を見る。 彼の表情は『無』に近く、そこからは彼の感情を読み取る事ができない。 「そうだ。俺がラゴウを殺した。」 真剣に射抜く様な瞳で、彼ははっきりとそう言った。 「何故、キュモールを殺したの?」 「ラゴウを裁けなかった法が、キュモールを裁けるとは思えなかった。」 そこまで話して、彼は視線を外し、下を向いた。 「法は常に権力を握る奴の味方だ。法が奴らを裁かないと言うなら、俺がやるまでだ。」 「だからといって、個人の感覚で善悪を決めては法の意味が無いわ。法が間違っていると言うならまずは法を正す事から始めないといけないわ。」 「じゃあ!お前は助かった命にいつか法を正すから、今は我慢して死ねって言うのか!!」 「!?」 俯いた顔を上げ、再び彼と視線が交わる。 その表情は先程とは違い、悲痛なまでに歪んでいた。 「いるんだよ、世の中には死ぬまで人を傷つける悪党が・・・・!!そんな悪党に弱い連中は一歩的に虐げられるだけだ!」 厳格な階層化社会である帝都において、最下層に位置する下町の住民は、重税を強いられるなど権力による重圧に虐げられてきた。 そこで、生まれ育った彼にとって、これまでの出来事はは耐え難いものだったのだろう。 「あなたは他人の痛みを自分の痛みのように話すのね・・・・。」 私は、優しくユーリの頭を両腕で包み胸に抱いた。 彼の悲しみが少しでも癒されるように、そう思って。 「ユーリのやっている事は罪人の行いよ。それでもあなたは選んだというの?」 されるがままだった彼が、何かにすがる様に私の背中に腕を回し、顔を胸に埋めてきた。 「わかった上で選んだ・・・・人殺しは『罪』だ。」 『ロゼは大きくなったら何になりたい?』 『父様みたいな騎士様になりたい!そして悪い人をやっつける!!』 『ははは、それは頼もしいな。でも、悪い人ってどんな人かな?』 『うんとね、人を傷つけたり、物を盗んだり、とにかく意地悪する人!』 『でも、それが大切な人を守るためだったりしたら?生きてゆくために食べ物を盗んでしまった人は?この人は悪い人かな?』 『・・・・父様難しい・・。』 『ははは、ごめんよ。父様はね、いつもロゼの見方だよ。ロゼが考え抜いて決めた事ならそれは正義にもなるし、悪にもなるんだ。よく考えて決めるんだよ。』 『はい!父様!!』 (父様・・・・今ならあなたが言いたかった事が、わかるような気がします。) 彼は、彼の『正義』を貫くと決めた。 それが罪人の行いだとしても。 その選択は、彼を深く傷つけた事だろう。 どんな悪人であったとしても、人の命を奪うという行いに対し、彼のような善良な人間が何の感情も抱かずできる事ではないと思う。 彼をここまで追い込んでしまった帝国に対し、自然と怒りを感じた。 そしてそれに携わる自分が、何もできずに居る事に不甲斐無さを感じる。彼を守りたい、支えたい・・・・。自然とそんな感情が私の中に生まれた。 「あなたの『罪』は、私の『罪』。あなたの『痛み』は、私の『痛み』・・・・・。だから・・・一人で抱え込まないで。」 彼に囁くように、私は優しく語りかけるように言葉にした。 そして、不安なとき彼がしてくれるように、優しく彼の頭を撫でた。 「私は、ユーリの味方だから。」 そう、私が口にした時、ハッとしたようにユーリが私を見上げた。 その瞳はうっすらと涙に濡れ、彼の背負う罪の重さを感じた。 そして、艶のある声で名前を呼ばれたと同時に、彼の唇で口を塞がれ、呼吸を奪うほどの激しい口付けに耐えられず、そのまま私はベッドに身を預けた。 呼吸の合間に囁かれる彼の言葉は、私を溺れさせるのに十分すぎた。 * 「フレン、早かったですね。ユーリとお話できました?」 今回のマンタイク開放の功労者であり、空色の鎧を身にまとった騎士、フレンはエステルの問いに顔を赤らめて苦笑いをこぼした。 「あ、いいえ。取り込み中だったみたいで・・・・それに、私が伝えたかった言葉を彼女が代弁してくれたみたいでしたので・・・・・私はこれで失礼します。」 「?そうですか。フレンも忙しいと思いますが、体を労わって下さいね。」 「はい。お言葉ありがとうございます。」 フレンはエステルに礼をのべ、宿屋をあとにした。 『法は常に権力を握る奴の味方だ。法が奴らを裁かないと言うなら、俺がやるまでだ。』 『じゃあ!お前は助かった命にいつか法を正すから、今は我慢して死ねって言うのか!!』 『いるんだよ、世の中には死ぬまで人を傷つける悪党が・・・・!!そんな悪党に弱い連中は一歩的に虐げられるだけだ!』 『わかった上で選んだ・・・・人殺しは『罪』だ。』 今だに歓喜の声で賑わう街の通りを、俯きながらフレンは歩く。 頭の中では、先程ドア越しに聞いた幼馴染の言葉がこだましていた。 共に下町で育ち、幼い頃は二人で分かち合い、支え合って成長してきた。 共に騎士の門を叩き、騎士として道を歩んだ事もあった。 不正な法を正すため、二人で上に登り詰めようと・・・・・。 そんな彼が人殺しの道を進むという事に、騎士として彼の罪を見過ごせない、そう思っていた。 なのに・・・・。 『あなたの『罪』は、私の『罪』。あなたの『痛み』は、私の『痛み』・・・・・。だから・・・一人で抱え込まないで。』 『私は、ユーリの味方だから。』 ユーリの傍にいた一人の女性、ロゼと言う名の彼女の言葉によって、フレンはユーリに剣を向ける 事にためらいを感じた。 「ユーリ、君があえて罪人の道を歩むというなら僕は・・・・!」 「隊長こちらでしたか。」 一人感慨にふけるフレンのもとに、フレン隊副官であるソディアが駆け寄って来た。 「どうした。」 「ノードポリカの封鎖、完了しました。それと、魔狩りの剣がどうやら動いているよう です。急ぎノードポリカヘ。」 「・・・・・。」 ずっとフレンの姿を探していたのだろう。 息を切らせ、肩で呼吸をしながらソディアは一気に報告をすませた。 が、いっこうに待てどフレンからの指示がない。不思議に思い、ソディアが再度名前を呼ぶと。 「わかった。」 そう言ってフレンは隊が待つ駐屯地へと足を進めた。 * 傍で眠るユーリの髪を、起さないように優しくすいていく。 漆黒の闇のような彼の長い髪は、手に取る度サラサラと指の間を滑り落ち、絹糸のようだと思った。 皆に頼られて、大人ぶってる彼だけど、その心はとても繊細で傷つきやすい。 それに、安心しきって眠る寝顔もどこか幼く感じる。 彼を・・・・虐げられた人々を守るためには、帝都の秩序を取り戻さなくてはいけない。 それは、帝国騎士としての役目であると思う。 そして、その一歩として腐敗した帝都の象徴でもある、アレクセイを今の地位から引きずり落とす事。 その為に私は・・・・。 「ん・・・・。」 「ご、ごめんなさい。起きちゃった?」 目を擦り、虚ろな瞳で焦る私を見上げるユーリ。 「ロゼ・・・・。」 「何?」 珍しく寝ぼけているのか、ボーとした表情のまま彼は掠れた声で、小さく私の名前を呼んだ。 彼の言葉を聞き取ろうと、自然と耳を彼の口元へ近づける。 「傍に・・・ずっと・・・。」 「!・・・。」 そう消え入りそうな声で呟いて、彼はまた夢の中へと沈んでしまった。 『ずっと、傍に。』 彼が伝えてきた言葉に、私の心は複雑な感情で占めつけられた。 アレクセイを今の地位から引きずり落とす・・・・・・その為に私は・・・・。 帝都にもどる。 第18話につづく・・・・。 [*prev] [next#] |