「はぁ〜・・・やっと帰ってきた。」 「砂漠はもうこりごりだよ・・・。」 私達は朝一でヨームゲンの街を出発し、なんとか日が沈む前にマンタイクへと戻って来る事が出来た。 相変わらずの砂漠の暑さに皆、気力、体力共に限界を迎え、つい零したリタとカロルの言葉は、皆同じく思っていた台詞だ。 私達は結果として、フェローに会う事は出来なかったが、デュークとの会話により、エステルが言われた言葉の意味を理解する事はできた。 そして私は・・・・父の死の真相を知る事ができた。忌まわしき戦争の裏で行われた裏切り行為。 それに対し、父は見過ごす事ができず、己の信じる正義の心のまま行動し殺されてしまった。 父の行動に対し、愚かだと思う者もいるかもしれない。 だが私はそんな父を誇りに思うと同時に、私もそう騎士でありたい、と思う。 「あれ?人が外に出ていますよ。」 エステルに言われるままに目を向けると、街の入り口に大きな馬車が一台停まっていた。 よく見ると、騎士が街の住民と思われる数名の男女を無理矢理馬車へと乗せているではないか。 「ほらほら、早く乗りなよ。楽しい旅に連れて行ってあげるんだ、ね?」 聞き覚えのある声がすると思えば、紫色の派手な鎧を身にまとったキュモールが、隊を使って不安げな表情をみせる住人達を馬車へと誘導していた。 「わ、私達が居ないと子供達は・・・・・!」 乗せられる瞬間僅かな抵抗を試みる住人達。 「翼のある巨大な魔物を殺して、死骸を持って来ればお金はやるよ。そしたら子供共々楽な生活が送れるんだよ?」 「お、お許し下さい!」 「知るか!乗れって言ってんだろ下民どもめ!さっさといっちゃへ!!」 抵抗を見せる住人達に、苛立ち癇癪を起すキュモール。 あきらかに異様な光景だった。 「私達もあんな風に、砂漠で放り出されたんです。」 その光景に目を背けながら、アルフの両親は顔を歪ませながら呟く。 「翼のある巨大な魔物って、フェローの事だよね。」 「にしても、フェローを捕まえて何しようってんだかね。」 彼らの行動を模索しながら、カロルとレイヴンの会話を聞く。 フェローは『始祖の隷長』であり、また『始祖の隷長』はエアルを糧に生きている。 そして、過剰なエアルを体内に取り込み蓄積する事が出来るという。 私の旅の目的は、『エアルの乱れによる魔物の凶暴化』について調べる事だった。 本当は騎士として、各地で起きている異常事態の調査に赴きたかったが、騎士団長であるアレクセイの許可が下りず、立場を隠し、ユーリ達に近づいた。 そう・・・・騎士である以上騎士団長命令は絶対である。 彼の命令に反する行動は、どんな事であろうとも罰の対象なのだ。 つまり、キュモールの行いは直接的でないとしても、アレクセイの命令だと考えるのが自然だ。 何故なら、人々を守る騎士が人々を害している。いくら帝都から離れた大陸であろうと、騎士の勢力圏である事に間違えはない訳で、この事を彼が知らない筈がない。 現に、ノードポロカにはフレン隊が居た。 知らずとも彼から話が行くはずなのだから。 または・・・・。 (見て見ぬふりをしている・・・・か。) どちらにしても、キュモールの行動をほっておくわけにはいかない。 一歩前に出て、彼らに近づこうとした私の腕を、ユーリが掴んだ。 「どこに行こうってんだよ。」 「ほってはおけないわ、だからキュモールに話をつけてくる。」 「そんで、捕まるのか?」 「・・・・。」 「少し待てって、俺に考えがある。カロル耳かせ。」 そう言ってユーリは、カロルに耳打ちで話をしだした。 「えぇ!?出来るけど・・・・道具が・・・・ってもしかして・・・。」 「えぇ、準備はできてるわよ。」 何を伝えたのか困惑するカロルに対し、楽しそうな笑顔で彼に一本のスパナを渡すジュディス。 「やっぱりね・・・。」 それを見て、ガックリと頭を垂れるカロル。 「何?」 理解が追いつかず、ユーリに訊ねると、「見てればわかる。」とだけ言われた。 危なかったら、助けてよ・・・・と不安げな表情でカロルはキュモール隊に見つからないように、静かに馬車へと近づいて行った。 「ノロノロ、ノロノロと下民共はまるで亀だね。早く乗っちゃえ!」 「キュモール様、全員馬車に乗りました!」 カロルが馬車に向かってから数分経過した時、準備が整ったと言う騎士の報告が入った。 「じゃ、君も馬車に乗りなよ。」 「え?わ・・・・私もですか?」 「仕事が遅い者には罰を与えないと、ね。」 何も考えず、命令されるままに住民達を馬車へと押し込んでいた騎士が、キュモールからの予想外の命令に顔が青ざめていく。 「キュモール様お許しを!私には妻と娘が・・。」 「君が行かなきゃ、代わりに行くのは・・・・奥さんと娘さんかな?」 怯える騎士に対し、キュモールは楽しげな表情で言葉を紡ぐ。 「!!」 私はその光景に我慢が出来ず、また一歩足を踏み出そうとした所をユーリに止められた。 「ユーリ!」 「カロルを信じろ。」 「大丈夫よ、出来る子よあの子は。」 ジュディスがそう言った時、キュモールの合図で馬車が砂漠へ向けて動き始めた。 「カロル・・・・!」 エステルが祈る様な想いでカロルの名を口にした時・・・・。 ガゴンと言う大きな音とともに、馬車に付けられていた車輪全てが外れてしまった。 「何してんだ!馬車を準備したのは誰!?キーーー!馬車を直せ!この責任は問うかね!!」 馬車の車輪が外れてしまっては動かす事は不可能だ。 キュモールは怒り狂い、地団駄を踏みながらその場を去って行った。 「これがガキんちょに授けた知恵ってわけね。」 その光景を冷静に眺めながらリタ呟く。 「お疲れさん。」 仕事をやり遂げたカロルが、猛ダッシュでこちらへ駆けて来た。 「ふー・・・・ドキドキもんだったよ〜。」 「でも、これってただの時間稼ぎじゃない。」 何とか難を逃れたと、喜んだのも束の間、リタが痛いトコを付いてきた。 「これが限界ね、私達には。」 口惜しい思いを胸に、ジュディスが呟く。 「俺達気付かれる前に隠れた方がいいんじゃない?」 沈みだした雰囲気の中、レイヴンがココから離れようと提案してきた。 「それじゃ、私達は。」 「あぁ、ガキに顔見せてやんな。今日みたいにいつも助けがくると思うなよ。」 「はい、色々と有難う御座いました。」 アルフ達の両親はそう言って深々と頭を下げ、急いで自分達を待つ子供達の所へと去って行った。 「俺らも宿に隠れに行くか。」 ユーリの提案で、私達は宿屋へと移動した。 * 宿屋で夜を迎えた私達は、簡単に食事を済ませ、男性陣が泊まる予定の一室に集まって、先程の出来事について話し合っていた。 「あのキュモールってのホントにどうしようもないヤツね。」 「あれは多分病気なのよ。」 怒りに震えるリタと、珍しく感情をあらわにするジュディス。 「あいつらフェローを捕まえてどうすんのかね。」 「わかりません、ですけどこのままだと大人は皆残らず砂漠行きです。」 相変わらずのんびりした口調のレイヴンに対し、エステルは思いつめた様な暗い表情をしている。 「大人がいなくいなれば、次は子供の番かもしれないわね。」 「そんなの絶対ダメです!私が皇族の者として話をしたら・・・・!」 「ヘリオードでの事忘れたのかしら。」 ジュディスの言葉に、躍起になったエステルが、自分が話をつけに行くと言い出した。 「そうだよ、あいつお姫様でもお構いなしだったんだよ。」 エステルに言い聞かせるように、カロルが言葉を重ねる。 「あれは嬢ちゃんの言葉に耳をかすような、聞き分けのいいお利口ちゃんじゃないもんね。」 深いため息をこぼし、ベッドの上に倒れこみながらレイヴンが言う。 「ならば捕らえて、法の下に裁かれるべきだわ。」 私の呟きに、皆もっともだという顔で見返してきた。 「でもラゴウの時みたいにならないかな?」 ポツリとカロルが意外な名前を口にした。 (ラゴウ・・・・。) 「そうね。捕まえても権力で罪を軽くされたり、逃げられたり・・・・そんなことばっか。」 「例え捕まったとしても、釈放されたらまた同じ事を繰り返すわね、あぁ言う人は。」 「だろうな、馬鹿は死ななきゃ治らないって言うしね。」 ウンザリといった感じのリタと、呆れを滲ませるジュディス。 それに真剣なのかふざけているのかよくわからないレイヴンの言葉が続く。 「死ななきゃ治らない・・・・・・か。」 今まで黙って話を聞いていたユーリが、ぼそりと小さな声で呟いた。 あまりに小さすぎて他の仲間たちは気付いていないが、隣にいた私にはしっかりと聞き取れた。 何故だろう・・・・。 隣から張り詰めた様な緊張感を感じる。 この感じを私はよく知っている。 戦に赴く時に感じる・・・・・・殺気だ。 『お〜コワイで〜す!ミーはラゴウみたいになりたくないですヨ。』 何故。 今この時にカドスの喉笛であった、イエガーの言葉が過ぎるの。 『ちょっとビフォアに、ラゴウの死体がダングレストの川にファインドされてたんですよ。ミーはあぁはなりたくネーって事ですよ。』 ダングレスト・・・・。 ラゴウが拘束された街・・・・・・。 丁度同じ頃、ユーリ達もダングレストにいた・・・? イエガーの言葉に、ユーリの表情が曇った事を思い出す。 もしかして・・・・。 その思いが一瞬脳裏を過ぎったが、私は頭を振ってその考えを吹き飛ばした。 そんな事考えたくない。ユーリが・・・・・。 人を殺したなんて。 * 私は仲間達が寝静まるのを待ち、宿屋の外へと出た。 前回ユーリに感ずかれていた事を考慮し、入り口からではなく、廊下にある窓から外へと抜け出した。 向かう所はただ一つ。 キュモールの所だ。 駐屯地として使用されている建物を見つけ、警備についている騎士に見つからぬよう、用心しながら私は何とかキュモールの寝室まで辿りつく事ができた。 ベッドに仰向けになり、スヤスヤと眠るキュモールの上に馬乗りになり、彼の左肩を強く揺する。万が一の抵抗を考え、右手には剣を構えて。 「キュモール、話があるの起きなさい!」 警備の騎士に気付かれぬよう、細心の注意を払いながら私は彼に呼びかけた。 「う・・・・ん誰だい。この僕を起す不届き者は。」 「私よ、わかる?」 「君・・・・は・・・・!?」 眠い目を擦りながら、キュモールがマジマジと私の顔を見る。 そして、状況を理解し顔を歪ませた。 「ロゼ・・・・何故君がココにいるのかも気になるが・・・・僕の上から退いて貰えるかな。」 私はゆっくりと剣を構え直し、切っ先をキュモールの首へもっていく。 「それは私の質問に素直に答えてくれたら、聞いてあげるわ。」 「僕を脅す気?」 「そうよ。」 睨みつける私の顔を、じっと静かに見つめ返した後、彼は了承の返事を口にした。 「何、僕に聞きたい事って。」 「何が目的で住人達を砂漠へ連れて行くの?」 「あぁ・・・・そんな事。僕は詳しくは知らないよ。ただアレクセイが巨大鳥の死骸を欲しがってるんだよ。口惜しいげど僕は命令通り仕事をこなしているにすぎない。」 「なら何故、あなたの隊が行かない!丸腰の住人を砂漠に放り出せばどうなるか考えればわかることでしょ!」 何も悪びれも無く、淡々と答えるキュモールに怒りを抑える事が出来ない。 「フフフ・・・・ロゼも馬鹿だね。君だって落ちぶれたとは言え貴族のお嬢様じゃないか。下民は貴族様に使われる為に存在しているんだよ?」 ねぇ、ロゼ。 そう彼が呟いたと同時に剣を構えていた右手を彼の左手で捕まれる。 不意を付かれた事で動揺してしまった私は、私を押し倒すように上体を起してきた彼に対処する事ができす、そのまま後ろへ倒れてしまった。 「フフフ、形勢逆転だね。ロゼ。」 仰向けに倒れこんだ私の上に、今度はキュモールが馬乗りで奪われた剣の切っ先を私に向け、微笑んでいる。 「今度は僕が質問をする番だよロゼ、何故君はこんな砂漠にあるオアシスの街に居るのかな?僕が聞いた話によると、君は体調を崩して療養中だったと思ったんだけどな。」 「あなたに話す事なんて何もないわ!」 バシっ。 反抗的な私の態度に、キュモールが右頬を平手で殴ってきた。 「ロゼ・・・・君は自分が置かれている今の現状が理解できていないみたいだね。命令違反で罰せられたくなければ、大人しく僕の言う事を聞いた方が利口だよ?」 口惜しさで唇を噛締め、彼を睨みつける。 「ダメだよそんなに噛締めては、綺麗な唇に傷ができてしまう。」 そう言って、気持ちの悪い笑みを浮かべてキュモールの指が、私の唇をなぞる。 その言いようの無い不快感に背中が奮え、私は怒りで彼の指に噛み付いた。 「イタッ!いい気になるのもいい加減にいろっ!!」 噛み付いた指からは薄っすらと血が滲み、痛みと怒りでキュモールは更に私の顔を殴った。 「君は昔からそうだ・・・・せっかくこの僕が婚約してあげるって言ってるのにそれを断ったり・・・・。ホント・・・・君みたいな人は体で教え込まないとダメなんだろうね!」 怒りが頂点を向かえ、彼の大きな手が私の首を強く絞める。 苦しさから抵抗する私を、薄気味悪い笑みで彼は見下ろし、構えていた剣をベッドの下へ落とすと、空いたその手で私の服の中へと手を入れてきた。 「あの時はヴィンセントとか言う、下民に邪魔をされたけど・・・・今は二人きりだよ。」 「!!?イ、イヤっ!!はな・・・し、て!」 首を絞められている事で苦しさから、思うように声も出せぬ上、抵抗もままならない。 「大丈夫何も怖い事はないよ。僕の言う事さえ聞いていればいいんだから・・・・・。」 熱を持った彼の言葉が耳元で囁かれ、嫌悪感から思考は混乱し、本能のままに我武者羅に私は手足をバタつかせ抵抗した。 イヤだ。 イヤだ! イヤだ!! 彼の手が、下着の中に入り込んできた事を感じ、私はパニック状態に陥り、無意識に彼の名前を叫んでいた。 ユー・・・・リ! ユーリィ・・・!! ユーリ!!! 絞め付けられた喉が悲鳴をあげる。 叫ぶ事で供給が減っている酸素が更に減り、軽い酸欠状態になっても私は叫び続けた。 こんな事で、私を好きだと言ってくれた彼を裏切りたくない! 意識を失いかけた時、体にかかっていた重みが不意に消えた。 ドン、ガラン、バタン。と、ものが壁に当たる音、倒れる音などが、同時に耳をつく。 「はしゃぎ過ぎたなキュモール。そろそろ舞台から降りてくんねぇかな?」 喉にかかっていた負荷が消え、失った酸素を補給しようと息を吸い込み咳 き込んだ。 そして、状況を確認しようと視線を巡らすが、苦しさから自然と目に溜まった涙で視界が歪み、はっきりと見ることが出来ない。 「キ・・・・キミ!いや!きさまごときが、僕に剣を向けた罪は重いよッ!!」 キュモールの慌てた声が聞こえる。 いや、その前に・・・・。 聞きなれた声が聞こえた。 一生懸命声のする方を見るが、視点が定まらず、うまく輪郭を捉える事ができない。 「ユー・・・リ、なの?」 彼の存在を確認したくて、私は震える声を振り絞り彼の名前を呼んだ。 「ロゼ、怖い思いをさせて悪かった。こいつは俺が始末する・・・!」 「ひ・・ひ−−−−!!」ユーリの言葉の後に、悲鳴を上げながら逃げていくキュモールの姿が見えた。 そして、それを追いかけるユーリの姿も。 「待って!いかっ・・・ないで・・・ユーリ!ユーリ!!」 咳き込みながらも、私は必死に彼の名前を呼んだ。 彼が・・・・。 彼が人を殺してしまう!!止めたいっ! 追いかけたいのに、思うように体が動かない!! 「ユーリ・・・ダメだよ・・・行かないで・・・・!!」 自分の不甲斐無さに涙が出てくる。 彼に人を殺めて欲しくなくて、それで一人で来たというのに、彼を怒らせる材料を増やしてしまった。 「うわあぁあああっ!!」 どこからか断末魔の叫びが聞こえてきた。 その声を掻き消そうと、私は耳を塞ぎ、ベッドに蹲る事しかできなかった。 後悔の念と、懺悔の思い・・・・いろんな気持ちが入り混じりどうしていいかわからなかった。 どれくらいの時間が経った時だろう。 頭を優しく撫でる手の感触で、私は誰かが傍に居る事に気付いた。 視線を上げれば、痛々しい微笑をみせるユーリだった。 「ユーリ!!」 私はそんな彼にしがみつき、抱きしめる事しかできなかった。 「帰ろうロゼティーナ、皆のところへ・・・。」 抱き返してくれた腕は、微かに震えていた。 第17話につづく・・・・。 [*prev] [next#] |