「好きだ、だから嫉妬した・・これじゃダメか?」 [ 15/20 ]

「邪魔するぜ。」

簡素な民家が多い中、その賢人様の屋敷は群を抜いて一番大きな造りをしていた。
ノックをしても屋敷の中から何も返答を得られなかった為、痺れを切らしたユーリが、扉を開け、どんどん中へ進んでいった。
中へ入ると、すぐ目の前に20人近く座れるのではないか、と言うくらいの大きなテーブルがあり、更にその置くには、2階へ続く階段があった。
全体を見渡すと、左奥に綺麗な銀色の長い髪の男が一人、佇んでいた。

「え?この人が?」

「あんたっ!」

この人が賢人様なのだろうか?
そんな事をぼんやり考えていると、私より先に中へと進んでいたエステルとリタが同時に声を発した。

「知り合い?」

二人の言葉や、表情から推測すると初対面・・・・と言うわけではなさそうなので、私は側にいたカロルにそっと訊ねた。
「ココに来るまでに何度か会っただけだよ。」

「そうなの?」

浮世離れした、幻想的な雰囲気を漂わせたその銀髪の男は、私達を一通り見渡した後、もう一度私の顔をじっと見つめた。

(な、何だろう・・・・私初顔だからかしら?)

整った綺麗な顔に見つめられるのは少し居心地が悪い。
視線を逸らそうか悩んでいた時、不意に銀髪の男が仲間達の先頭に居たユーリへと視線を向けた。

「お前達、どうやってココに来た?」

「どうやってって、足で歩いて砂漠を越えてだよ。」

彼の問いに、ユーリが返す。
どうやって?
歩いて来る以外に方法があるのだろうか?
彼の問いを聞いた時、ふと私はそんな疑問を抱いた。

「なるほど・・・・だが一体・・・・いや、ココに何しに来た?」

「こいつについてチョットな。」

エステルが持っていた澄明の刻晶をユーリが受け取り、さらにそれを銀髪の男に手渡した。
彼は受け取った澄明の刻晶をじっと見つめた後、「わざわざ悪い事をした。」と言った。

「いや・・・・まぁなりゆきだしな。」

少し返答に悩んだユーリであったが、当たり障りの無い言葉を返した。

「そうか、だとすれば奇跡だな。」

「あんた、結界魔導器を作るって言ってるそうじゃない。」

今まで黙って二人の会話を聞いていたリタが、少し怒気を含んだ口調でユーリの前に出来て来た。

「そんな魔核(コア)じゃない怪しい物使って、結界魔導器作るなんて。」

「魔核ではないが、魔核と同じエアルの塊だ。術式が刻まれてないだけの事。」

術式が刻まれていない魔核?
私達の生活に欠かせない存在である魔導器。
しかしこれらは現代の技術によって造られた物ではなく、千年以上前の古代ゲライオス文明時代、文化を牽引したクリティア族によって生み出された物だと言われている。地中に満たされたエアルの存在を発見した彼らは、無限にも見えるそのエネルギーを原動力とし、魔核に刻まれた術式を発動させる事によってさまざまな効果を求める仕組みを発明した。
術式が刻まれていない魔核・・・・それは一体・・・。

「一般的には聖核(アパティア)と呼ばれている。澄明の刻晶はその一つだ。」

「これが聖核!?」

今まで黙って、彼らの話を聞いていたレイヴンがいきなり大きな声を上げた。
聖核?
何処かで聞いた事があるような・・・・。

「それに賢人は私ではない、かの者はもう死んだ。」

「そりゃ〜困ったな。そしたらそいつ、あんたには渡せねぇんだけど。」

賢人ではないという彼に対し、ユーリが澄明の刻晶を返すよう告げる。

「そうだな、私には・・・・そして人の世にも必要の無い物だ。」

そう言って、手に持っていた澄明の刻晶を自分の足元に置き、側に置いてあった一本の剣を手に取った。
そして素早く鞘から剣を抜くと、その切っ先を澄明の刻晶へ向けた。

「あ〜〜っ!!何すんの!待って・・・・。」

何を始めようとするのか、呆然と見つめていた私の後ろで、レイヴンが慌てた声を上げた。
そして次の瞬間。
澄明の刻晶の周りに術式が刻まれ、不思議な光りと供にその姿を消してしまった。

「あちゃぁ〜・・・・折角の聖核を・・・・。」

がっくりと落ち込むレイヴン。
彼は聖核がどの様な物なのか知っているようだ。

「聖核は人の世に混乱をもたらす、エアルに還した方がいい。」

「エアルに還す?今の・・・・本当にそれだけ?」

彼の行動を静かに見ていたリタが、何かを模索する様に彼に問いかけた。

「ココにはフェローと言う魔物も居るのに・・・・澄明の刻晶を街の人たちのために役立て
る事は出来なかったんですか?」

アーセルム号でこの街を想い、死んでもなお澄明の刻晶を守り続けていたロンチーの思いを汲み取り、あっさりと壊してしまった彼にエステルが抗議の言葉をかける。

「何故、フェローを知っている?」

「そりゃ、こっちの台詞だ。あんたも知ってるみたいだな。」

「知ってる事を教えてくれませんか!?」

フェローと言う名に反応した彼に対し、ユーリとエステルが問いかける。が、そこで彼は口を噤んでしまった。
結界魔導器の無いヨームゲンと言う街。
人の世に混乱をもたらす聖核の存在。
そして、エステルの命を狙うフェロー。
全ての謎を解き明かす存在が、今私達の目の前に居る。

「私フェローに忌まわしき毒だと言われました。」

「!?」

「何か知っているのでしらた教えて下さい!!」

エステル必死の問いかけに観念したのか、彼が静かに言葉を紡ぎ始めた。

「この世界に始祖の隷長(エンテレケイア)が忌み嫌う力の使い手が居る。」

「・・・・それが私?」

「その力の使い手を『満月の子』と言う。」

満月の子?
確か帝国に伝わる伝承に登場する、世界を災厄から救った兄妹のうち、妹を示す言葉だ。

「もしかして始祖の隷長って言うのはフェローの事ですか?」

「その通りだ。」

「どうして、その始祖の隷長は私を・・・・満月の子を嫌うんです?」

そこでまた銀髪の男は口を噤んだ。
先程とは違い、言葉を選んでいる様な感じだ。

「真意は始祖の隷長本人の心の内、始祖の隷長に直接聞くしかそれを知る方法はない。」

「やっぱり、フェローに直接会って聞くしかないって事ですか。」

「フェローに会ったところで、満月の子は消されるだけだ。愚かな事はやめた方がいい。」

そして、彼は言葉の最後に、「もうココから立ち去れ。」と静かに告げた。
フェローに会う事は諦めろ。
そう言う彼に対し、更に言葉を続け様としたエステルは、言葉の矛先を失い、静かにうな垂れた。
後ろを向き、私達に完全に背を向けた彼の態度からこれ以上は何も聞き出す事は無理だろう、と判断し立ち去ろうとした時。

「緋色の髪の女。」

ふと、かけられた言葉に屋敷を出て行こうとしていた私達の足が止まる。緋色の髪?
仲間達を見渡し、その髪色をしているのは自分だけである事を確かめる。そして、呼び止めた彼を見返した。

「少し話がある、そなただけココに残れ。」

彼に言われるままに、その場に留まろうとした私の手を、ユーリが引き寄せる。

「何で、ロゼに用があんだよ。」

「そなたには関係のない事だ。」

「!」

「ユーリ!」

何故か納得がいかない雰囲気のユーリに対し、私も彼と話がしたいと伝えた。

「お前っ・・・。」

「彼は私に話があるって言ってるんですもの。私はそれを受け入れるわ。」

「・・・・わかった。何かあればすぐ呼べよ。」

納得はしていない様だったが、渋々ユーリは屋敷から出て行った。

「何かって、何よ。」

出て行った彼の後ろ姿を見送りながら、私は理解できない言葉に不満の言葉を口にした。
そして、二人きりとなってしまった空間に居心地の悪さを感じていると、彼は、数あるうちの一つの椅子を手前に引き、私に座るよう進めてきた。私は言われるままに、そこへ腰掛、それを確認した彼は静かに言葉を紡ぎ始めた。

「ヴォルケン・スフォルツァと言う名に覚えはないか?」

「!?どうして・・・・父の名を?」

予想外の事に、驚いて席を立とうとした私を、彼は目線でやんわりとそこへ留めさせた。

「やはりそうか・・・。」

「父を・・・・知って?」

「私は彼に、命を救われた。」


そして彼は、10年前に起きたあの忌まわしき戦争の話を私に聞かせてくれた。
通称『人魔戦争』と呼ばれる戦いは、一般には人間を襲った魔物と人との戦いと理解されている。


しかし、真相は魔導器やその元凶である人間を滅ぼそうとした始祖の隷長の急進派と、人間を擁護する穏健派とが対立した争いだった。



全ての始まりは、クリティア族の科学者ヘルメスによって開発された高出力の新型魔導器が帝国の手で量産化された事だった。
このヘルメス式魔導器は、エアルの大量消費により、飛躍的な出力の増加を実現した物で、高出力がゆえにエアルが激しく乱れるという欠点があった。



エアルの乱れ・・・・それは即ち、世界の滅びを意味していた。



始祖の隷長は、この世界に初めて誕生した最初の知的種族とされている。彼らはエアルを糧に生き、そして過剰なエアルを体内に取り込んで蓄積する事で、自らの存在がエアルのバランスを保つために有用であると理解し、自然環境の維持に努めていた。



そこにヘルメス式魔導器の量産化に伴い、エアルの乱れを危惧する急進化の怒りにより、人、魔物、そして始祖の隷長全てを巻き込む戦争へと発展した。



急進派の操る魔物達の群れが、人々を襲い、多くの犠牲がでた。
これにより、帝国は騎士団で構成された帝国軍をを発足、皇帝クルノス14世を戴き、騎士団長アレクセイの指揮のもと、戦争の発端となったヘルメス式魔導器を前線に投入し戦った。



しかし、彼らの劣勢は開戦当初から濃厚だった。大挙して押し寄せる始祖の隷長が操る魔物の群れの前に、兵士たちは瞬く間に命を落としていった。



「私は、穏健派のリーダーであったエルシフルの友として、人でありながら彼らと共に生活をしていた。」

そこへ、一人の男が私達の前に現れた。



ヴォルケン・スフォルツァだ。




「どうか頼む。あなた方の力を私達に貸してはくれないだろうか?」

「断る。もとはそなた達人間が招いた戦ではないのか?」

「その通りだ、だから私達はヘルメス式魔導器を捨てる!以後使用する事を禁じよう!」

「出来るのか?」

「陛下を説得する、私の力じゃ難しいかもしれない・・・・がそれによりあなた方が力を貸してくれるというなら、可能かもしれない!だから、話合おう、そこから戦いを終わらせよう!」







「彼は人でありながら始祖の隷長と対話しようとした。互いに話し合い、争いを終わらせよう、と。その考えに同調したエルシフルは人に味方する事を決め、人間に勝利をもたらした。」



しかし、彼の偉大な力を恐れた帝国軍は卑劣な事にエルシフルを殺害しようとした。




その事を知ったヴォルケンは、己の危険も顧みず、私達を助けようと力を貸してくれた。



結果として、ヴォルケンは帝国に反逆した裏切り者として殺され、エルシフルも命を落とし、私だけが生き延びた。





「とう・・さまは・・・・裏切り者では・・・・ない?」

彼により告げられた父の真実に、私は気付くと涙を流していた。
この涙は悲しみや、悔しさや、怒りではない。
これは・・・・・。

「君の父君のおかげで、今の私がある。改めて礼を言わせて欲しい。」



ありがとう。



その言葉を耳にした時、私の目からは止め処なく涙が溢れてきた。
裏切り者として、蔑まれてきた日々。
だげど、違った。
父様は・・・・・。

『ロゼ、自分が正しいと思う事をしなさい。』



自分の正義を貫いたのだ。



嬉しい・・・。
自然と暖かい思いが胸をしめつけた。



止め処なく流れる涙を拭っていると、彼がどこからかハンカチを取り出し、私へ差し出してきた。それを受け取り、何とか気持ちを落ち着かせ、彼を見返すと。
そこには、今までの硬い表情とは違う、柔らかい笑みを浮かべた彼がいた。

「そなたは本当に彼に似ている。その燃えるような緋色の髪も、澄んだ碧色の瞳も・・・・一目ですぐにわかった。」

「そ・・・・そんなに似てますか?」

「あぁ、そなたを見た時とても懐かしい思いで満たされた。」

「あ、あの、また父の話を伺ってもいいですか?」

「あぁ、また次の機会にでも話そう。」

そこで、私は席を立ち、一礼して外へと繋がる扉の前へ移動した。
ドアノブに手をかけたところで、ある事に気がついた。

「あの、お名前をお伺いしてもいいですか?私はロゼティーナ・スフォルツァと言います。」

「デューク・バンタレイだ。」







デュークとの話を終え、外へ出てみると、すっかり辺りは夕闇へと変わっていた。
「遅かったな。」

「ユーリ!?」

屋敷の外壁にもたれるように、ユーリが立っていた。

「もしかして、ずっと待ってたの?」

「んなわけねーだろ。迎えにきてやったんだよ。」

「あ、そう。」

それから私達は無言のまま宿屋までの道を歩いた。
まさか、彼が迎えに来ているとは思っていなかった為、泣き腫らした顔に気付かれるんじゃないかとはらはらしたが、周りが薄暗いおかげで、彼は気付いていないようだった。
そしてふと、自分が握りしめている物に気付き、歩みを止めてた。

「どうした?」

「どうしよう・・・・借りたハンカチそのまま持って来ちゃった。」

「ハンカチ?何で借りたんだよ。」

「えっ!?・・・・そ、それは・・・・。」

相変わらず、墓穴を掘るのが得意な私。
どう説明しようかと悩んでいると。

「おい、お前良く見れば目が赤くないか?」

「ぅえ!?そ、そんな事ないわよ?」

「ホントか?よく見せろよ。」

「ダ、ダメ!!」

私の顔を覗き込もうとしたユーリを、力一杯押しのけた。

「そうかよ、俺には関係ない事かよ。」

不意に、ユーリの話すトーンが変わった。
この声色の時は怒っている時だ。

「そ、そうじゃなくて・・・・ただ泣き腫らした顔を見られたくないのよ、恥ずかしいでしょ?」

慌てて私が拒絶した理由を言う。

「泣くような事されたのか?」

「違うっ!」

「じゃ、何だよ!」

怒りを抑えきれない、そんな叫びだった。
彼の声に驚き、私は言おうとした言葉を飲み込んでしまった。
どうして彼はこんなに怒っているのだろう。
私が、何か感に触る事でもしたのだろうか?
わからない・・・・。
ユーリの気持ちがわからない・・・・。
散々泣き腫らした目から、また自然と涙がこぼれていた。

「ユーリは私の何なの・・・・・何をそんなに怒ってるのよ、言ってくれないと私わかんない!!」

ぶつけられた感情に私も感情で答えていた。

「いつも、いつもユーリは私を振り回すばかりで、何も言わないじゃない!何であんな事するのよ!何で怒ってるのよ!!はっきり言いなさいよ!!!」

気付けば癇癪をおこして、子供みたいに泣きながら叫んでいた。
キッと睨みつけるように見上げた彼の顔は、予想外の私の逆襲にビックリした表情だった。
そして、何かを口にしようと、一瞬口を開けたがすぐに閉じ、そのまま黙ってしまった。
その後は、静寂が私達を包んだ。
長い時間、ユーリからの応えを待ったが、一向に彼からの言葉がない。
私は痺れを切らして、「もういいわ・・・・。」と言葉を残し、立ち去ろうとした。

「ま、待て。いや・・・・待って欲しい・・・。」

いつもの彼らしくない。弱気な態度に、私は歩きだそうとした足を止め、彼を振り返った。

「そ・・・・その、なんだ、あ〜・・・・えっと、だな。」

「?」

涙はすっかり引っ込み、少し冷静さを取り戻していた私は、一生懸命何かを話そうとしている彼をじっと待つ事に決めた。そうして、少し待っていると、俯き、右へ左へと彷徨っていた視線が、私へと向けられる。
どうやら、話す言葉が見つかったようだ。

「その、急に怒鳴ったのは悪かった。ゴメン。」

「うん。」

「あと・・・・好きだ、ロゼ。」

「う、ん!?」

「好きだ、だから嫉妬した・・これじゃダメか?」

突然の告白に、今度は私が呆然としてしまった。

「・・・・うそ・・でしょ?」

「嘘でこんな事言えるか!恥ずかしい。」

「だって・・・・何で私?」

「どう言う意味だよ、それ。」

「だって、私ユーリより3つ年上だし・・・・その、あなたが嫌う帝国騎士だし・・・・。」

「俺は、ロゼと言う女がを好きになったんだ。年上とか、騎士とかそんな物お前を形どる一部でしかない。」

「そ、そうだけど・・・・」

慌てふためく私の頬に、軽く握ったユーリの左手が触れる。

「俺の気持ちに応えて欲しい・・・・とは思うが、今はいい。ただ、知ってて欲しい。」

「う、うん。わかった。」

「ありがとう。じゃ、宿屋に行くか。」

そう言って、ユーリはさり気なく私の手を取り歩き出した。
この時の私は、デュークから聞かされた話の内容を忘れ、ただ、ユーリの事で頭が一杯になっていた。



第16話につづく・・・・。

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