アウトサイダー・ロマンス

ゆっくりとカンタンな化粧をして、ぎりぎりお昼前に家を出た。それから適当に辺りのお店を覗きつつ西一番街を目指す。
本当は昼前には家に着きたかったのにな。かと言ってタクシーを使う気にはなれなかった。1人で移動するな、タクシーを使えとタカシは口を酸っぱくしていうけどあの人は過保護すぎるんだ。
よく言えば街に溶け込んでいる、悪くいえばオーラがないせいかGボーイズの子たちにもほとんど気が付かれることなくひとり人混みに紛れて街を進んだ。
そして工事中のウエストゲートパークのそばを横切り我が街西一番街へ。
風俗の無料案内所と安くて怪しい居酒屋、それからパチンコ店。お上品な人間が嫌いそうもの全てがここにある。それでもここはわたしが生まれ育った愛しい街なのだ。そんな街の空気を嗅ぎながら奥へと足を進める。もう30秒もしないうちに我が家だ。しかし隣家の果物屋の軒先でマコトのおばさんが掃き掃除をしているのが見えて歩みを止めた。

「お久しぶりです、お母さん。こんにちは」
「おや、アサヒちゃんじゃないか。おかえり、ひとりかい?」
「ひとり・・・?あ、はい。安藤くんはお仕事で・・・」

最初はその言葉の意味がわからなかった。しかしすぐにわたしの横にいつも立っている男の存在を思い出して慌ててそう口にした。
いや、タカシが暇を持て余していたところでわたしと一緒にここに来る訳じゃないんだけどさ。
それにしてもマコトのお母さんはなにか誤解をしているようだ。その言葉に残念そうに笑いながら頷くと、わたしの背中をぽんと叩いた。

「タカシくんいい男だろ、逃がしちゃダメだよ。アサヒちゃん」

その言葉にじくじくと胸が傷む。そりゃあ逃がしたくなかったけど、最近はこんな面白くない恋愛に見切りをつけてさっさと他所へ行った方が幸せな気もしている。
でもそんなろくでもない相談、どうしてもお母さんに出来ずに適当に笑い流してそそくさと自分の家へと逃げてしまった。
そして突然の娘の帰宅にびっくりした顔の両親に「仕事仲間の安藤くんから」と日本酒がはいった紙袋を押し付けてさっさと自室のある2階へと上がる。高校の同級生でマコトの親友である安藤 崇という男と仕事をしていると親には適当に話してある。仕事内容は話していない。
だけど大粒のダイヤが光るピアスだとか、ハイブランドのワンピースやバッグだとか、突然腹部を誰かに刺されただとか、そんな怪しい状況がわたしの周りを取り巻いているせいでどうせ堅気の仕事をしていないことなんて薄々勘づかれてはいそうだけど。しかし親はいままで特に何も言って来なかった。わたしがどうしようもない頑固者だと知っているんだと思う。
そんな環境がいいんだか悪いんだか分からないまま、2階の自室のドアを開けた。親元を離れたとはいえなんだかんだ手のつけられていない部屋。そんな部屋の隅に鞄を放り投げて窓を開けた。手を伸ばせば届くすぐそこにもう1枚の窓。つくづく欠陥住宅だと思う。
向かいの部屋の持ち主が気持ちわるいおじさんとかじゃなくて本当によかった。そう思いつつからからと遠慮なく窓を開ければその部屋の持ち主は扇風機にへばりつきながら使い込んだマッキントッシュを思い詰めた顔で叩いていた。おもしろい。鼻で笑って何も言わずに窓から窓へ飛び移るとその横に座った。
すると彼はこちらをちらりと見て暑苦しいのが来たなあなんてあまりにも酷い暴言を吐く。

「締切近いんだから邪魔するなよ」
「わかってるよ」

そしてわたしはそんなおざなりな返事をして家から持ってきていたレジ袋からさきいかの袋と2本のZIMAのビンを取り出して片方の栓をあけ、ついでにさきいかの封も開けた。その匂いにつられたのかマコトがこちらを見て口を開ける。キーボードが汚れるから食わせろと。可愛い弟分だ、仕方がないと小さく小さくちぎったさきいかを彼の口のなかに放り込んであげるとわたしは酒瓶を呷った。
暑さに心地よい爽やかなアルコールが喉を潤す。
しかしそれとは裏腹にちっとも爽やかな気分になど慣れなくて、もう大人しく待てが出来なくなったわたしは答えてくれなくてもいいやと思いつつ小さな声で独り言同然に訊ねた。

「ねえ、マコト。シビルウォーのときのひと、なんで別れちゃったの。いい人そうだったのに」

するとマコトの指が一瞬だけ止まる。しかしまたすぐにいくつかのキーボードを叩き、少しのカーソル操作をするとマッキントッシュを閉じた。

「いろいろ重なったんだ。思い出させるなよ、切ないな」

そして冗談めかしてそう言って傍らの瓶を手に取って何かを流すかのように一気にその中身を呷り、次に瓶がまた畳の上に置かれたときには残りは半分ほどになっていた。
思い出したくないことを思い出させてしまったようだ。嫌なら黙っててもいいのに、こうやってわたしのどうでもいいような質問にいつも真摯に応えてくれるマコトの優しさになんだか圧されてしまって小さな声で謝る。

「ごめん」
「らしくないな、謝るのか。なにかあった?」
「べつにー」
「おまえは本当に・・・」

わかりやすいなあという代わりにマコトがさきいかを摘んでまたジーマを飲み込んだ。しかしわたしの瓶の中身は一向に減らない。
そうだわたしは分かりやすい女なのだ。だからあの憎らしい男に手のひらで転がされて翻弄される。
子どもでもないのに気がつけば安藤 崇という男が自分の心の大半を侵食していた。

「そんなに気にするなら付き合えばいいじゃん、なるようになるさ。例え終わりがディズニーアニメみたいなハッピーエンドじゃなかったとしてもお前たちなら納得のいく落とし所を見つけるだろ」
「・・・そうかなあ」

それだけ言うと、暑いのにこれ以上暑い話は勘弁と言わんばかりにマコトはさっさとその話を切り上げて、そういえばもう柿や林檎が入荷したんだとどうでもいいような世間話を出してきた。
じゃあ林檎でも剥いて食べようか、と言って立ち上がる。財布を持ってまたマコトのお母さんのところへ。またわたし、逃げてるかな。その思いを振り切るように首を小さく振った。


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