アウトサイダー・ロマンス

学生の時こそ眠るのなんてもったいないと思いつい無駄な夜更かしをしては肌を荒らしていたものだが、高校を出てからは睡眠の尊さを知りベッドの上にいるのが至福のひとときとなっている。安心して眠れるのはしあわせなことだ。
しかし窓から差し込む日差しによってゆっくりと至福の眠りの中から引きずり出された。
寝ぼけた頭のまま、いま何時だろうかと枕元のスマートフォンに手を伸ばして画面を点灯させる。ロック画面は前食べておいしかった海鮮丼の写真。その何種類もの海鮮がのった丼の上ではデジタル時計が10時57分を指していた。昨日3時前に寝たのできっちり8時間寝たことになる。本当は8時には起きてやりたいことかいろいろあったのに。ため息をついて起き上がった。
そしてベッドサイドボードにあった1口分の水が中途半端に残されたマグカップを手にしてキッチンへ向かう。頭痛こそなかったが昨晩接待で散々飲んだアルマンドブリニャックのアルコールがまだ身体に残っているようでいつもの朝よりもずっと気だるかった。
そもそもシャンパンが得意ではないのだ。店の雰囲気に飲まれシャンパンを何本も開けたりショットグラスで度数の強い酒を品もなく呷ったりすることが多々あるが本当はたった1杯の上等なウイスキーをゆっくり舐めている方が好きだった。
そう思いつつもシンクに古い水を捨てると浄水器から新しい水を汲み直す。それにしても朝の水ってどうしてこんなにおいしいんだろうか。酔いざめの 水を飲みたさに 酒を飲み。なんてね。
そんな川柳を詠みつつ寝起きよりはいくらかしゃんとした頭で周囲を見回した。しんと鎮まった部屋。同居人はとっくに起き出してジムかどこかへ出かけたようだ。リビングのソファへと静かに歩いていき沈みこむ。机の上には高そうな紙袋。覗き込めば木箱が見える。袋のそばにはタカシの文字で書置きがあった。アサヒへ。その紙を手に取り少し眺めた。ボールペンで書かれた神経質な文字。名前だけが書かれた紙切れ1枚だったが、彼が今朝わたしのことを考えながらこれを書いたのだと思うとなんだか愛おしく思えてしまってそれを小さく折りたたむと手帳型スマートフォンケースのポケットに入れた。ばかみたいだと笑って。でも捨てるにはなんだか惜しかった。
それからスマートフォンを再びつけて溜まったLINEやメールを流し見たけれどどうしてもいま返さなくてはならないものはなかったので画面を伏せて机に置いた。
どうも気分が乗らない時に未読のたまったそれらのアプリを開くのは気が重かった。全てを投げ出してどこかへ行きたくなる。そう思ったところで、本当に豊島区の境界線から外へ出たことはほとんどないんだけどね。度胸がないのだ。
そしてシャワーを浴びようと立ち上がった。右耳からピアスを外して伏せたスマートフォンの上に置く。もう少し大事にすべきだとは思ったが、元来こんなずぼらな人間なのに釣り合わないほど高価なものを送った人が悪いのだと誰に責められたわけでもないのにそっとこの場にいない男に責任を転嫁した。
残暑の汗を吸ったTシャツとブラトップを脱いで洗濯かごに放り込む。
そして風呂場に入ると少し冷たく設定したシャワーを出した。本当は入浴剤を入れた湯船にゆっくり浸かりたかったのにそんな時間は取れそうもない。やっぱりきちんとアラームをかけて眠るべきだったともう何度も繰り返した後悔をやっぱり繰り返した。
シャワーを浴びた後、本当はタオルを巻いたまま室内をうろうろしたいのが本心だったがいつ彼が帰ってくるかも分からなかったので渋々と下ろしたてのワンピースに身を包む。
それからいつもより丁寧に化粧水や数種類のクリームを顔中に塗り込むとリビングに戻ってピアスをつけ直し、スマートフォンをまた見た。先程より僅かに増えたLINEの未読件数。アプリをタップすると中学生時代の友人の出産報告だ。
ちょっと前まで、友人の出産報告といえばついうっかりであろうものばかりであったのに、今回やその前に来た出産報告はきちんと段階を踏んだ計画妊娠のようだった。もうわたしたちもそんな歳かと濡れた頭を抱えながらおめでとうと簡単な言葉を添えて返信した。
この仕事を始めてから、なんだか世間に取り残されてしまったような感覚がある。狡い大人である暴力団とやりあったと思えばまだ未成年の幼い子どもたちを裁いたりまとめたり。普通の仕事で出世したり、恋愛して結婚している友人たちの輪からもどんどん外れていく感覚が恐ろしかった。
この感覚をあの王も感じているのだろうか、そもそもあの人はどういう将来設計を立てているのだろう。多くは話したがらない安藤 崇という男相手にそれを訊ねるのがなんだか怖くて、いまの今までわたしがそれを知ることはなかった。
あの男が玉座を下りる時ともに下りようとは思いつつもその時が来るのが明日なのかはたまた数年後になるのかまだ検討もつかない。
いつも一緒にいて、誰よりも相手のことを理解しているつもりなのに、思えばわたしはなにも知らないのだった。


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