スキャンダルの夜

「・・・気持ち悪い」

相原 旭が口元を抑えてうずくまった。先程取引先や部下たちと別れるまでは毅然としていたくせにいなくなった途端にこれだ。安藤 崇は呆れつつも見事なものだと傍にしゃがみこんだ。
今日は池袋に縄張りを張る暴力団幹部との集会があった。向こうの人間に気に入られた旭は随分と飲まされていたのだ。
こうなると思った、とばかりに動けない様子の彼女にため息をひとつつくと崇はひょいと抱き上げる。

「うちの鍵がポーチに・・・」
「死なれたら困るから家に来い」

どうせ同じマンション内なのだから。しかし旭は顔を歪ませた。こんなに飲まなければと思っても後の祭り。有無を言わせずに崇は歩を進める。
この男が自分に投げかける眼差しの意味をさすがの旭も薄々理解していた。だからなるべくこの安藤 崇という男のテリトリーに入りたくはなかったのだ。
崇のことは好きだ。しかし2人が恋人関係になれば同時に池袋のグレーゾーンを統治する王と女王の良好な関係が瓦解することがなんとなくわかっていた。今はまだ、その関係を壊したくない。彼女はそう思っていた。
それでもアルコールによる気持ち悪さから崇に抵抗することは出来なかった。そんなぐったりとした彼女を抱いてエレベーターを登り自室の前に急ぐ。吐きそう、とぼやいた旭にあと3分我慢してくれと囁いた。
そして家の鍵をあけてやると靴を脱ぎ捨て旭は崇の腕の中から抜け出してトイレへと消える。
その姿を見送ると自分も靴を脱いで2足のそれをきちんと並べてキッチンへ向かった。そこにぽつんと置かれていたコップを手に取ると浄水器から水を汲む。するとトイレから水を流す音。その音の元へと向かった。

「大丈夫か」
「・・・うん」

そこに座り込んでいた旭は、吐いて多少は落ち着いたのか頬に少しの赤みを取り戻していた。コップを手渡すと素直にそれを飲む。そしてまだ吐きそうかの問いに静かに首を振った。
それならば、と崇はとりあえずリビングに彼女を連れていこうとその身体に触れた。すると今度の旭は身体を強ばらせ明確な拒否の行動をとったのだ。
少し冷静さを取り戻した彼女の頭がこの場所に留まってはいけないと警鐘を鳴らしていた。その態度に崇はほんの少しの苛立ちを覚える。

「いい、帰るから。大丈夫、ありがと」
「いいから、ここにいろ」

乱暴にそう口にする。
ここにいるのがいま、真島 誠であったならば旭はこんな態度をとらないのではないか。どうして自分からは一線を引きたがるのか。彼女の心の内を理解しながらも思い通りにならないことに大人気なく苛立ったのだ。
素直になればいいのに、崇からの接触を拒むように強ばる熱い身体。服の下の柔らかな女の感触に男の背筋がぞくりとした。
優しくしていたって手に入らないのならば、いっそのこと欲望のままにこの女の身体を穿いてやろうかとも崇は思った。どうせこの女はその蛮行を許す。あなたのやりたいようにすればいい。そんな顔で。
籠にいれた鳥を愛でるように可愛がるのも正直言って限界が近かったのだ。
旭の体調が悪いのをいいことに、強ばった身体を無視してぐいと引き寄せた。駄目だともう1人の自分が囁く。下手なことをして彼女を失いたくなかった。しかし結局崇の四肢はその声を無視したのだ。

「ごめん、崇。帰りたいの、もう大丈夫だから」
「行かないでくれ」

そしてそう言えば旭が困ったように眉を下げながらも動かなくなるのを崇は知っていてそう言った。彼女の優しさに付け入る人間を遠ざけるつもりで傍に置いたのに結局はその優しさを1番に利用しているのは崇自身だ。

「旭、お前おれのことすきだよな」

挙句に臆病でずるい男だと自嘲した。旭は思わず後ずさろうとしたが腰にまわした手がそれを拒んだ。
崇とていまの関係性が変わってしまえばこれまでのように仕事が出来ないことなどわかっていた。周りに示しがつかないしきっといま以上に私情が仕事に侵食してしまう。冷たい氷の中身は案外脆い。
身じろいだ旭が床に置いたコップを倒し、残っていた水が床に広がったがそんなことは2人にとって世界の果てのことのようにどうでもよかった。

「・・・好きだよ、みんな好き。貴方も誠も一条も羽沢組の齋藤くんだってみんな」
「違うだろう、旭」

そしてようやく口を開いたものの期待した答えとは違う答えを出した旭に苛立って少し強めに彼女の腕を握る。
その痛みに歪めた顔に少し興奮を覚えた。泣かせたい、自分好みに躾たい。囲いこんで誰の目にも触れさせたくない。崇はそう思った。

「酔ってるの?もう寝ようよ。寝るまで一緒にいてあげるから」

旭が誤魔化すように強引に立ち上がった。その顔にあるのはもう酔いの気持ち悪さではなく僅かばかりの怯えの表情だった。途端に崇は旭が可哀想になってしまった。

「酔ってない。からかっただけ」

あの氷の王がからかうだなんて、と旭は聡明な男とは思えない言い訳に呆れる。一方崇の方こそもっとましな言い訳があるだろうと自身を責めつつ旭に合わせて立ち上がった。

「悪いな、旭。引き止めて。ゆっくり休んでくれ」
「崇?ほんとうに大丈夫なの」

頼むから、それ以上近寄らないでくれと心の奥で叫んだ。今回ばかりはこっちが我慢してやったんだぞとお人好しな女を心の中で責め立てる。さっきまで自分に酷いことをしようとしていた男に対してまだ優しくしようとする旭が崇はやはり愛らしく思い同時に憎らしかった。
そんな自分勝手な崇が心配で旭は顔を覗き込んだ。
お人好しなやつ。引いたと思えば近づいてくる。弄びやがって。とうとう崇はそんな身勝手な怒りに身を任せて旭を廊下の壁に押し倒した。

「・・・おれはお前のことを愛してる、旭」
「っ、え」

至近距離の怯えた顔。ぐり、と彼女の足の間に膝をねじ込ませればまるで標本の蝶のように壁に縫い付けられた。
いまならこの身体を自由にできるという支配感が自分の身体を痺れさせて頭がどうにかなりそうだ。彼女に自覚がないことは知っていたがそれでも自分の心を弄ぶかのように一喜一憂させる彼女が許せなかった。

「逃げるな、もううんざりだ。答えを言え」

5分前に戻れるならきっと崇はこの女の身体に触れていない。まさかあれごときの刺激にやられるほど自分は駄目な男だったのかと心のどこかで自分を責める声がする。
旭はというと、あの冷徹な男の焦れったそうな顔に彼以上の動揺を感じていた。その動揺に釣られるままに支離滅裂にも思える気持ちを吐露する。

「・・・好きよ、大好き。でも駄目、わたしなんか貴方に相応しくない。付き合ってもどうせすぐに破綻するわ、それなら付き合いたくない。今のままでいたい、離れてよ!」
「嫌だ。離れたくない、離さない。おれとお前ならきっと上手くいく」
「それはいまは仕事仲間だから!わたしたち互いに遠慮してる、裸でぶつかり合ったらきっと、違う」

どうしてわかってくれないのかという顔で互いが互いを見た。
誠なら言うだろう、お前らもっと話し合えよと。崇はもうどうにでもなれとばかりに話を続けた。

「おれはおれと付き合いたいんじゃない、旭と付き合いたいんだ。お前のひねくれた部分も認める、だから」
「待って、待ってよ。ついていけない、どうしてあなたはいつも1人で強引に突っ走るのよ。一番最初だってそうだった」

さっとホテルでの出来事が頭を掠める。あの日もこの男は強引に自分を女王の座に座らせたのだ。それが癪だったからあなたの指図は受けないと約束したのに。安藤 崇という男に見つめられ囁かれるとどんな理不尽なことに対してもイエスと言ってしまいそうな自分が旭は怖かった。
もう泣きたい。酔いのせいでガンガン言う頭に崇が追い討ちをかける。ひとりにしてと叫びたかった。突き飛ばしたかった。だがそれが出来ないのは、曲がりなりにもこの男を愛していたからだ。
黙ってしまった旭に、崇はため息をついた。きっとこれ以上責めたら彼女は自分に愛想をつかす。そんな気がして譲歩案を模索した。そして考えをゆっくりともったいぶって口にする。

「旭、アサヒ。わかった、じゃあゆっくり進もう」
「・・・うん、なに?」
「一緒に住もう。絶対に手は出さないから、な。ゆっくり関係を深めていくなら文句ないだろ」

崇が譲歩案を出してくれたのは何となくわかった。しかしそれで譲歩してるつもりなのかと旭は崇を冷静に問い詰めたかった。
けれどもガンガンと痛む頭がそれを邪魔する。そのせいかまあとりあえずはこれでいいかと思った。この男は、少なくとも約束は守ろうとする男だ。手を出さないと言うからにはそうしてくれるのだろう。
旭はもう限界とばかりにぐったりと崇に倒れかかった。

「わかったわ、それでいい。今月末であの部屋は解約、一条くんにそう・・・ねえ、一緒に住むってみんなにいうの?」
「当たり前だ」

一条の怪訝な顔、周りのメンバーの冷やかしの笑い顔を想像して旭は目を閉じる。どうせその表情を崇に向かってみせる人はいないのだ。皆この氷の王に畏敬の念を抱いているのだから。

「もう全部タカシに任せる・・・」

もうなんでもいいや、と投げやりに彼女はそういうと彼の腕の中で目を閉じた。


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