秘密基地

幼馴染がやってくるのはいつも唐突。その日もボランジェのボトルと我が家で少なく見積もっても20年は使われている湯呑みだけを持ってやってきた。
珍しく正規の入口からやってきたことに驚いているとアサヒはどかりと畳に座り込みボトルと湯呑みを差し出してくる。コルクを開けろと。別にいいけど。
ボランジェっておいしいよな、正直ドン・ペリニヨンよりすきだ。コルクを抜いてふたつの湯呑みに注ぎいれた。うちにはシャンパングラスなんて洒落たものはない。そのうちひとつをアサヒに渡してもうひとつを手に取った。

「はい、乾杯。で、なにしに来た?」
「なによ、理由がなくちゃ幼馴染にも会っちゃいけないの?」
「お前が手みやげなんてぶら下げて玄関の敷居跨いでくるなんてなにかよっぽどの理由があるんじゃないかってな。何もないならいいよ、タカシと結婚するとか言い出すかと思ってヒヤヒヤした」
「っきゃあ」

しかし何気なく言ったその言葉に動揺したのか旭が湯呑みを手から滑らせて中のボランジェを自分の服にぶちまけた。
慌ててその辺に置いてあったタオルを引っ掴んで彼女の服に押し当てる。しかしこちらも動揺する。結婚?まさか、だってこいつらの恋愛の進行速度は小学生もびっくりの牛歩の歩みだったくせに。

「あー!お前何やって・・・結婚するのか?」
「イヤ結婚はしないけど・・・同棲するの」

じわりとタオルに染みた酒が指を濡らした。その感覚を味わいながらアサヒの情けないか細い声を聞いた。
そんなこと報告しに来てどうするんだ。複雑な気持ちだった。やっぱりおれはこいつの父親代わりだ。

「なんか酔いに負けて押し切られちゃった。これでいいのかなあ、マコト」
「タカシはお前を悪いようにはしないさ。甘えておけばいいよ、無理ならあとからやめればいい」

アサヒの心の内は痛いほど知っていた。タカシもそれを知っているくせに今回は随分と強引に事を進めたものだとほんの少し呆れてしまった。アイツらしくもない。
そう思っているとこの女は人に零した酒の世話をさせておきながら落とした湯呑みに新しい酒を注いで煽っていた。かわいくないやつ。
タオルを押し付けるとおれも湯のみを手に取ってボランジェを一気に仰いで次を注いだ。アジアの果ての島国でこんな飲み方をされていると知ったらフランスのボランジェ一家はきっと泣くだろう。

「やだなあ、どうしてあの人わたしなんかにちょっかいかけるんだろ。もっといい人たくさんいるのに」
「お前よりいい女そうそういないよ」

社交辞令。しかしアサヒ照れたようにボランジェが染み付いたタオルを投げてきた。二次被害が出るからやめろ。

「うふふ、ありがとね」

酒で上機嫌そうに頬の赤みが増していた。そしてくったりとおれに寄りかかってくる。香水とは違ういい女の香り。くらりときたのを酒で飲み流した。

「タカシと一緒にいるのが怖い。わたしなんかには出来ないことだってやってあげそうになっちゃう。疲れるのよ、そういうの。わかるでしょ」

背伸びした恋愛は長く続かない。疲れてしまうから。お互いそんなこと充分に知っていた。
それでもあの孤独な王に何でもしてあげたいと思ってしまうのはアサヒなりの愛情表現だし疲れるならやめればいいなんて簡単に言えなかった。恋愛は難しいのだ。

「あいつはお前にそんな難しいこと求めていないさ。自然体のお前を見て好きになったんだから。おれに接するのと同じようにふるまえばいいよ」
「そうだねえ」

肩を竦めてアサヒはボランジェを飲む。最初からそう出来るのなら苦労してないっていう顔。
がしがしとかき混ぜるようにアサヒの頭を撫でた。


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