愛を騙って夜の街

クラブで飲んでいた時、視界の端に写った男を見てついぽろりと口にしてしまった。

「あーあいつ、アサヒの元彼の・・・」

すると暗い中で、タカシの瞳がぎらりと光ったのが見えた。それを見てようやく自分の失言に気がついて、慌てて何も言ってはいませんと取り繕うように咳払いをして手元のグラスの酒を煽った。
しかしそんなことで騙される男じゃないのは分かっている。タカシは口元には微かな笑みを浮かべつつも、クラブフロアにいる男を獲物を追う猟犬のような鋭い眼差しで追いかけていた。
こいつの頭の中であの男はもう何回痛めつけられたのだろうか。隠してはいるようだが薄々気がついているタカシの尋常ではない嫉妬深さを思い出して人知れず身震いした。

「なんで別れたんだ」

そしてやつは獲物から目を離さず言う。
さあ、何だったかな。どうでもよ過ぎて思い出せないので、忘れたと素直に口にすると奴はようやくおれのことを見た。

「まあガキの頃の恋愛なんて、適当に付き合って適当に終わるだけだよな」

そして名前も忘れたあいつより今の自分の方がアサヒにとって特別であることに気がついたのか、どこか得意げでムカつく笑みを浮かべてタカシはそう上機嫌に呟く。
それと同時にあの哀れな男を気が済むまで嬲り終えたのか、それだけ言うともう後ろを振り返ろうともせずに清々しそうにしていた。
そのときだった。おれたちの間に割って入るようににゅっと上機嫌な女が現れた。
池袋の王の心をかき乱す罪な女。

「テキーラのショット!ふたつください!」

馴染みのスタッフにピースで個数を示しながらそう注文するとカウンターに寄りかかっておれとタカシを交互に見た。
酒で頬を赤らめてカールの強いのエクステで彩った瞼を瞬かせるきらきらとした笑顔に、ちょっとだけくらりとする。彼女は音楽に負けないよう声を張っておれたちに話しかけた。

「楽しんでる?フロア来ればいいのに!」
「いいよ、別に。疲れるし」
「おじさんくさいこと言わないでよ!もー、バーにでも移れば?」
「お前が来るなら移動するけど」
「え、じゃあ行く。ちょっと待ってテキーラ煽る約束しちゃったからそのあと行くから」

しかしそこまで言ったアサヒの後ろに男が現れる。やつは馴れ馴れしくアサヒの首に腕を回した。うわ、と小さく声が漏れる。なんて男を連れてきたんだアサヒ。

「ねー、アサヒちゃんまだぁ?」
「今混んでるから待ってよ。あ、ねえ覚えてる?ほら同級生の真島 誠だよ」

そしてことの重要さが飲み込めていないアサヒがおちゃらけた声でそうおれに話を振る、すると先ほどタカシの頭の中で何回か殺されたであろうそいつがおー久しぶりじゃん!と本当に覚えているのかいないのか怪しい感じで声をかけてきた。おお、久しぶり。と震える声を抑えながら返事をする。
辺りはクラブの熱気を感じさせないほど冷たく冷え込んでいたのだ。こわ。トイレに立つふりをして逃げようかと思った。

「お待たせしました、テキーラショットふたつね」

そこへスタッフが琥珀の液体が入った小さなグラスをふたつ目の前へと滑らせた。クエルボ1800のアネホ。喉を焼く40度のアルコールが揺れている。
あ、きた。なんて嬉しそうな声を上げて彼女が手を伸ばす。しかしそれより早くグラスをふたつ攫っていったのは稲妻より早い白い手だった。そんな男はひとりしかいない。
奴はテキーラを素早く2杯煽るとご馳走さまと立ち上がる。苛立てば苛立つほど冷える男。殺気を孕んだ冷徹な眼差しでアサヒと男の2人を見つめていた。
そしてようやくその存在に気がついた哀れな同級生は恐る恐るアサヒから離れて硬直する。おれは人知れずため息を漏らした。アサヒが取り繕うようにわざとらしい明るい声でタカシを呼んだ。

「キ、キング・・・?」
「おれのクイーンが随分と世話になったみたいだな」

おれの、ってなんだよ。おれのアサヒに勝手に触れるなとばかりに独占欲をむき出しにする男の周りは気温は氷点下マイナス。笑ってこそいるがその氷の笑みはやつにとって愛想笑いのつもりなのだろうか。
アサヒが慌てて庇うようにやつの前に立ちはだかる。その間にも根性のない男は後退りをしつつ撤退準備を始めていた。情けないやつだ。

「あー!タカ・・・キング!元同級生で!再会の印に!1杯やろってわたしが!」
「なにをそんなに慌てて弁明するんだ」

自分が余計なことを言いそうなことに気がついたアサヒは聡明にも口を噤んで助けろとばかりにおれを睨んだ。だが更に聡明なおれは余計な争いに首を突っ込まずそっぽを向いた。

「お前はお前の好きにすればいい。お前がなにしていようとおれには関係ない、そうだろう?ただな」

クイーンとして、警戒心がないのは頂けないな。とタカシは低い声で言葉を続けるとアサヒの肩にぽんと手をかけてその場を立ち去っていく。男もタカシが立ち去るのを見て何やら言い訳を連ねながらさっさと逃げていった。するとアサヒが泣きそうな顔でおれを見る。やれやれ、今度は助けてやろうと立ち上がり身体の力がいまにも抜けそうな彼女の背中を支えて歩き出す。

「帰ったら殺されそう。今日泊めてよ」
「絶対にやだ」

あいつなりに大事にしているようで奔放なアサヒに当たり散らすようなことはしてないんだから、まあいいじゃないか。たぶん。怯える哀れな女のつむじを見下ろしながらそう他人事のように思った。


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