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呆れた顔の医者はじっとりとした目でおれを見て言った。

「大丈夫そうだ、だがやることをやったら一応病院に戻ることをオススメするよ」

痛む頬を氷嚢で抑えながらおれは頷く。

「ごめんね、マコト。せっかく助けてくれたのに・・・」

全てを一条から聞かされたアサヒは申し訳なさそうな顔をした。
事情を知らなかったとはいえ、いくらなんでも幼馴染にビンタすることないじゃないか。
そう伝えるとアサヒはごめんねとまた小さく謝って下を向いた。
そんな彼女に、一条はやはりいち早く元のキングに戻ってもらいたいという顔で服や化粧品の類をアサヒに手渡す。

「まあともかく、体調がよくなり次第警察に行ってくれ。タカシが戻ってこないとGボーイズはやっぱり維持出来ない」
「すぐ行く。カラスの好きになんてさせない、王はいつか処刑される運命とはいえ、それは今じゃない」

一条がそれに頷いて、ハンドサインと一礼と共に部屋を出ていった。俺もそれに倣って部屋を出ようとするとアサヒが引き止める。

「まだうまく動けないの、着替え手伝ってよ」

断りたかったが、一条にやらせるよりはましだった。渋々頷くとおれはわがままな女王さまの横に舞い戻った。
そして病院の寝巻きのボタンを外す。白い肌。生唾を音が出ないように飲み込んだ。童貞じゃないんだ、スマートに。

「なにか喋ってよ、いつもべらべらうるさい癖に」
「お前の方こそ、すましちゃってさ」
「お腹に穴空いてる人間に対して何言ってんのよ」

一瞬手が止まった。いつもと変わらない様子に忘れかけていたが一歩間違っていたら死んでいてもおかしくなかった女だ。
思わず抱きしめて存在を確かめたくなった衝動を振り切る。これは仕事だ。

「身体、拭くか」
「大丈夫」

そして彼女に下着を手渡すとさすがに着せて欲しいとは言わない。後ろを向いてベッドサイドに座った。
ごそごそと衣擦れの音。やはり喋ってないと気まずいのか、アサヒは矢継ぎ早に言葉を重ねた。

「それより、LINEでいいから一条くんに下に車回してって言って」
「わかった」

やつは見てはいないだろうが頷いてスマホをポケットから出す。

「頭がごちゃごちゃで、わけわかんなくなっちゃう。ねえ、いま1番に片付けなくちゃいけないのはなに?」
「おれも分からない。そもそも、敵が誰なのかも」
「それは、自分の行く先に立ちはだかる邪魔だと思う人、全員よ」
「相手がおれやお前を救うために立ちはだかったとしてもか」

衣擦れの音が止む。一瞬の静寂が訪れたあとに、アサヒが立ち上がる気配がした。
振り向くと少し厚めの化粧をした彼女が立っている。

「自分で進むと決めた道に立ちはだかるのはみんな敵。幼馴染も、親も、友人も」

慌てて駆け寄って、彼女の傷口に触れないように体を支えた。

「わかったよ。おれは池袋を護りたい。そのために進む」

アサヒが音もなく笑った。
ゲーム画面から目を背けない闇医者にひと声掛けてその場を後にした。小汚いビルの下にはぴかぴかのボルボ。一条がドアの前で待っていた。
それが視界に入るやいなや、アサヒはすっとおれから離れて力強い足取りで車へ向かう。

「池袋署に。急いで」
「はい」

アサヒが無理をしてるのは誰だってわかっている。一条は心配そうな顔をひっこめて一声返事だけした。

「マコトさんは・・・」
「アサヒが証言すればたぶんすぐにタカシは釈放されるだろ。おれは用済みだよ、自分の足で帰る」
「そうですね、ありがとうございました。助かりました」

そして彼は頭を下げてそう言うと後部座席のドアを閉めて自分もとっとと助手席に乗り込んだ。
滑らかに発進するボルボ。曲がり角に消えるその巨体が消えるまで見送るとおれは逆方向に歩き始めた。


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