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「最近連絡くれないじゃないか、寂しいな」

店仕舞いの途中、コンポから今日ずっと聞いていたバルトークの弦楽四重奏のCDを抜いていると背後から知っている声がした。振り向くとこの暑さにも関わらずかっちりとスーツを着た礼にいが立っていた。幼馴染の警察署長。おれの周りの数少ないエリートだ。
それにしても知り合いがよく訪ねてくる日だ。こんな日はろくなことがない。

「ここのところ忙しくてさ、今度飲みに行こうよ」
「今日はだめか」
「うん、先約がある」

男か女かは言わなかった。見栄を張ったものの、どうせ男友だちかよく思われてアサヒだと思われるのが関の山だ。しかし礼にいの目が暗い中できらりと光る。
幼馴染といえど、警察官特有のその眼差しは背中にぞくりときた。あのくたびれた刑事吉岡の数倍はある威圧感。
おれにだって補導歴はあるし、まだ時効を迎えていない罪もいくつか隠し持っている。
そしてストリートの噂に強い署長殿は確信を持った声で言った。

「尾崎 京一だね」

ケースにCDを戻す手が思わず止まる。やっぱり礼にいは署長のくせに情報を仕入れるのが異常に早い。
おれは降参しつつ動作を再開した。ケースの蓋を閉じ、コンポの脇に重ねてあるCDタワーの1番上に載せる。
そして店先にいる礼にいの横にたった。

「相変わらず早いね、礼にい」

そのままシャッターを下ろすと、ゆっくり話を聞こうと壁にもたれ煙草を取り出して彼を見た。
礼にいはおれに協力的だが、実際問題"警察"という立場が"おれたち"にとっては敵であることの方が多い。利用するならばゆっくり見極めて利用しなければいけない。

「まあね。それより駄目じゃないか、路上喫煙」
「ギリギリうちの敷地だよ」

それから礼にいが出来の悪い幼馴染をそういたずらっぽく叱った。
しかしそう言いつつも向こうもスーツの内ポケットからiQOSを取り出す。おれの隣にもたれてカートリッジをセットした。そのまま礼にいが一口吸って水蒸気を吐き出せば何とも言えない電子煙草の匂いが熱帯夜に溶けて消えた。

「昨日の晩、東池袋中央公園が騒がしかったみたいだね。尾崎くんがいたそうじゃないか。彼はテレビに出るくらい活躍してはいるが、まだ池袋署のブラックリストに乗っているんだよ」

ブラックリストか。おれやアサヒ、タカシも載っているのだろう。犯罪予備軍の幼馴染みを2人もかかえる警察署長はため息混じりの水蒸気を吐いた。
警察は法治国家の日本を維持するために必要不可欠な組織だ。犯罪を取り締まらなくてらならない。例えそれが正義の名のもとに犯された罪であったとしても、平等に。

「マコト、なにを始める気だ。もう勘弁してくれよ、機動隊を止めたりおまえがおとりになって犯人を捕まえるなんて言い出すのは」

困ったような八の字まゆ毛。茹だるような熱帯夜におれも煙を混ぜた。
キングの心配はアサヒとはいえ若い女がしてくれるのにおれの心配をしてくれるのはおじさんなのだと思うと少し悔しい。吸殻を携帯灰皿に押し付けて1歩踏み出した。
罪を裁くのは警察と裁判所の仕事。だがそれらに頼らずグレーゾーンや、闇の世界で解決した方がいい話もある。礼にいだってきっと心の奥底ではそれを分かってくれているから渋々ながらも協力してくれるのだ。

「礼にいを困らせる気はないよ」

たぶん。その最後の3文字を飲み込んでひらひらと手を振りウエストゲートパークに向かう。
礼にいは何か言いたそうだったけれどおれの背中にはなんの言葉も届かなかった。


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