蚊帳の外
日が落ちるのがもう随分と早い。店を出た途端に、冷たい風が頬を撫でる。
「冬の池袋って、すき。冷たくて、グレーで、綺麗」
鬱蒼とした曇天、街ゆく人の装いは彩度の低い色ばかり。いままであんなに目に痛かったはずのネオンさえなぜか色あせて見えた。
あいまいに肯定するとアサヒが何も言わず微笑んだ。長いまつ毛と、この灰色の世界で唯一の色を持つ赤い口紅。思わず手が伸びた。
「・・・アサヒらしくない」
親指があいつの下唇に触れる。紅が移った指先が熱い。アサヒが驚いたように目を見開いてから、すぐにすっと細めた。
「わたしでいたくなくて」
煙草の匂い、女の香り。
食の好みも、癖も、なにもかも知っているはずの幼馴染のかつての少女。いまはおれの知らない顔で笑う女。
「あまり遠くに行くなよ」
ガキのおれには、気の利いたことがなにも言えなかった。
そのままでいいのに、変わらないでいいのに。いや、変わらないでいて欲しいと思うのはおれのエゴか。
「池袋からは出る気ないな」
はぐらかしてるのか、見たことのない笑顔でアサヒがそう言って茶色いローファーが冷えきって汚れたアスファルトの中へと踏み出した。
行かないで、と伸ばした手は冷たい空気を切ったあと静かにコートのポケットとなかに逃げるだけ。
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