蚊帳の外

あの日からまた少しの時が経った。変わるアサヒの目の前で、少し様子のおかしい彼女を目の前にしたまま何も出来ずにただ時だけが過ぎていた。そんなある日の下校間際、池袋の王となることが決まってきる同級生がおれの机にまだ熱い缶コーヒーを置いた。

「飲めよ、久しぶりに一緒に帰ろう」

ここにもいつの間にか変わってしまった友人がひとり。クラスの隅で小さくなってマスクで素顔を自信なさげに覆い隠していた男は、いつだってクラスの中心にいて自信満々で余裕たっぷりの表情を浮かべる男に変わっていた。
なんだか近寄りがたくなって、あの夏が過ぎてからおれたちの距離は物理的に少し離れている。それでもこの王は、あの輪の中心にいるのに疲れるとおれのところにやってくるんだけどな。距離が離れても、おれとタカシは変わらず親友だった。

「王子さま、お疲れですか」
「やめてくれ、その呼び方。まだ慣れないんだ。気を抜けば叫びだしそうだ、おれには出来ない。タケルの代わりは出来ないってな」

そう言って彼も自分のブラックのコーヒーに口をつけた。絡まりそうなほど長いまつ毛に筋の通った高い鼻、ふっくらと形のいい唇。見つめているとタカシが流し目でこちらを見て笑った。涙袋が強調される天使の微笑み。

「なんだ、らしくないって笑いたいなら笑えよ」
「そんなことない、タカシの背負ってる責務の重大さは分かる。おれじゃなくて、もっと傍で支えてくれる人が見つかればいいな。お前はキングだからさ、チェスに例えるならナイトだとか、トランプに例えるならジャックにジョーカー」
「・・・それから、クイーンか」

タカシが考え込むように視線を下に移した。そう。例えば、うちの学年でタカシに並ぶ喧嘩の実力者の山井とか。我が校の喧嘩の切込隊長ヨウジとか。候補はたくさんあるだろう。
しかしタカシはそれ以上公務の話は口に出さないでなんてことない世間話しか口にしなかった。そして別れ際、めずらしくおれの服を褒めた。

「お前にしてはセンスがいい、でもそれ高いんじゃないか」

女に買ってもらったなんて、恥ずかしくて言えなくて小遣いとバイト代を貯めた小さな嘘をついた。タカシはふうんと納得したように頷いて去っていく。その背中は、かつての小突けばよろめく細いものじゃなかった。
なんだか置いていかれてばかりな気がして、癪だ。むしゃくしゃして傍に置かれていたカラーコーンを蹴飛ばした。通行人が眉をひそめて足早に去っていく。物に当たるなんてやっぱり血気盛んなガキのまま。
少し反省して、コートのポケットに手を突っ込むと真っ直ぐと四畳半の砦へと帰った。
ごろりとそこに寝転がる。古い畳、古い天井。ふと思い出して、以前クラスメイトのマサたちと夜遊びしたときに持っていた鞄に手を伸ばして中身を引っくり返した。お菓子のゴミと財布からこぼれ落ちた小銭、それからお目当ての友人に持たされたまま忘れていた煙草が4、5本残ったLARKのソフトボックスとコンビニの100円ライター。
煙草に火をつけて、ふかす。おれにはまだ少しきつくて、煙草の匂いが鼻につく。慌てて部屋の窓を開けると寒風が吹き込んだ。寒いな。そう思いながらふ、と煙をもうずっと閉ざされたままの向こうの窓に吐き出す。窓の奥は暗い。まだアサヒは帰ってきていない。あれ、でもそういえば、ここ数日この部屋の電気がついているのを見ていない気がする。
煙草臭かった髪、あいつを探す男、女の唇、お金の詰まった革財布。嫌なことが脳裏を掠めた。


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