その日は朝から曇天と不穏な空気生ぬるい空気が肌を撫でていて、大きな嵐が来ることが目に見えていた。
もう嵐のやってくる夏は終わりで穏やかな秋がしばらく続くと思っていたものだから、完全に油断していた。まだ雨風の強くないうちにと庭先の植木鉢なんかを家の中に引き込んだ。すると家の中はまるで植物園のようになってしまった。仕方ない。
そして朝からだんだんと強くなっている風が窓を揺らす。そこでふと思い出してしまって、慌ててポンチョを羽織ると納屋へ走り板きれと釘と金づち、はしごを引っ張り出した。そういえばずっと南の屋根の補強をしたかったのに、横着して後回しにしていたのをいま思い出したのだ。風が強くなる前にやらなければ。そう、いまのうち。
ちょっと雑だけど、穴が開きかけているそこに板を打ち付けて簡易的な補強をした。また嵐が過ぎてから綺麗にやればいいんだ。とりあえずいまはこれだけ。
そう満足して屋根の下に下りようとした。しかしそこで顔を青くする。
はしごが風に煽られて倒れてしまっていた。うーん、どうしよう。少し危ないけど、雨樋伝いに下りられたりしないかな。屋根の上で思案していると偶然そこにスナフキンが通りかかって目を見開いた。

「レディ、なにしてるんだい。こんな日にそんなところで」
「下りられなくなっちゃって。申し訳ないんだけど、はしごかけてください」

地面に落ちたはしごを指さすと彼は呆れた顔で拾い上げて屋根に立てかけてくれる。そして下りきるまでずっと下で支えていてくれた。わたしはゆっくりとはしごを下りて、少し強くなってきた風に雨避けのポンチョのフード抑えながら彼に訊ねた。

「ありがとう。それにしても、今日はテントだと危ないでしょう。ムーミン屋敷に泊まるの」

しかし彼は呆れた顔のまま首を振った。

「そのつもりだったけど、君があまりにも危なっかしいからここにいることにした。もうこんな日にひとりで屋根に登ったらだめだよ」

肩を竦めて頷いた。ぐうの音も出ない、それに彼がいれば心強い気がした。
そしてふたりではしごを仕舞って、しっかりと納屋の扉を閉め閂もいれた。それからふたり家の中に帰ってハーブの香りが強くするリビングでいつもより多目に黒パンを切り分けて、お腹に詰め込んだ。今晩は何があるかわからないから。たくさん食べておこうと思ったのだ。
嵐は本格的にムーミン谷の上空に近づいたようで、窓はがたがたといまにも吹き飛びそうに揺れている。スナフキンが割れると危ないから、とそこらの窓に短冊状に切った紙を縦横斜めに貼ってくれたのをコーヒーを煎れながら見ていた。
外はまだ少し明るくてもいいはずの時間なのになんだかもう薄暗い。コーヒーを飲みながら静かに嵐が過ぎ行くのをふたりで待っていた。会話はとっくに途切れてなにもなかったけれど、それでもよかった。しかしその時にドアがどんどんと揺れた。なにかが当たったのかな。そう言って聞き過ごしていたが、直ぐにまたどんどんどんとドアが叩かれた。やっぱり、人為的なものかも。慌ててソファから立ち上がってドアを開けると雨風と一緒に小さな獣の家族が転がり込んできた。

「すみません、わたしたちの家が吹き飛んでしまいました。今晩泊めてくれると助かります」

小さな7匹の家族の中でも1番体が大きな獣がそう言った。お父さんだろうか。
大丈夫ですよ、そう言うとほっとしたように胸をなで下ろして7匹の毛むくじゃらが口々に礼を言う。そしてわたしがタオルを持ってくる間にスナフキンは小ぶりのミルクピッチャーをどこからか見つけてきてそれにコーヒーを注ぎ彼らに渡していた。困ったときはお互い様だ。ついでにお腹もすいているだろうと黒パンのかけらもあげた。
窓に打ち付ける雨音と風の吹きすさぶ音はいままでの経験してきた嵐の中でもかなり大きい方だった。1人でいたら不安で押しつぶされていたかもしれない。とうとう雨漏りしてしまったキッチンに大ぶりの鍋を置いてやり過ごしながらそう思った。
ああ、川が氾濫しないといいけど。川が氾濫した数年前は大変だった。近くのサーカスが流されて、そこのマドンナには随分と振り回されたりもした。
しかし今回は日付が変わる少し手前ほどで雨足も風も落ち着いたようで少し静かになった。よかった、この分だとなにもなさそうだ。

「落ちついたね、それじゃあそろそろ眠ろうか」

スナフキンも窓の外を覗き込みながら言う。彼はいつもみたいにソファに寝るのだろう。そういえばあの獣の家族はどこに行ったんだ。スナフキンにおやすみを言って、寝室のドアを開けるとベッドの上にこんもりとした山が見えた。獣の家族が7匹寄り添いあって眠っている。そうだ、家を吹き飛ばされてから自身も飛ばされそうながらここまで歩いてきたのだ。きっと随分と疲れていたのだろう。そんな家族を起こすことが出来ず、わたしは仕方なくリビングへと引き返した。

「忘れ物かい」

わたしに気がついたスナフキンが静かにそう聞いた。そっと首を振って小声で返事をする。

「ベッドはお客さんに使ってもらったの」

すると彼はそうかいとなんてことのないように言ってソファの隣を開けてくれた。

「君はずいぶんとお人好しだなあ」
「ムーミン谷のひとはみんなやさしいから」

そんな返事をしながら目を閉じるとすぐにうとうとと眠気がやってきた。いろいろあって疲れたんだ。早く眠ろう。
多分明日は台風一過で眩しいくらいの青空だ。今度こそ横着せずすぐに屋根の修理をして、家に引きこんだ植木鉢を全部外に出て綺麗に並べ直して、それから。隣にある温もりがあまりにも心地よくて嵐の中にも関わらず、わたしはすとんと眠りに落ちてしまうのだった。

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