ムーミンママからシフォンケーキを貰った。ちょうど家においしいベリーの紅茶があるのではやく家に帰って早めのティータイムにしよう。
そう考えながらうきうきと帰路を歩いているときだった。

「もーらい!」

後ろから手に持っていたバスケットをひったくられた。このムーミン谷にそんなことする輩はひとりしかいない。
黒いもじゃもじゃ、たわし。今日だけは許さない。なぜならバスケットの中身はムーミンママ特製のおいしいシフォンケーキだから。食べ物の恨みは恐ろしいのよ、スティンキー!
あっと驚いたのもつかの間、バスケットを掲げて逃走するスティンキーを追いかけた。

「待ちなさーい!」
「げっ、着いてくるなよレディ!」
「バスケットはあげるから中身だけでも返しなさい!」
「中身が欲しいんだよ!」

だれか手伝って!その時だ、丘の向こうにムーミンとミイが歩いているのが見えた。わたしは彼らに向かって叫ぶ。

「ムーミン!ミイ!スティンキーを捕まえて!」

突然のことにふたりは目をぱちくりさせていたがバスケットを持って走るスティンキーを見て全てを理解したのか挟み撃ちするように走り出してくれた。
そして3人でスティンキーを追い込むとじわりじわりとにじり寄るように間合いを詰める。

「レディにそれを返せ、スティンキー!」
「覚悟なさい!噛み付いてやるわ!」
「もう逃げられないからね!」

しかし食べ物がかかっているスティンキーは強かった。びよんっと飛び上がるとムーミンの顔を踏み台に包囲網をくぐり抜けてしまった。

「へっへーんだ!ざまあみろ!」
「イヤー!ムーミンのもちもちフェイスを足蹴にするなんて絶対に許さない!ミイ!ムーミン見てあげてね!」

ムーミンは仰向けにすっ転びバタンキュー。ミイは驚いたように彼を覗き込んでいた。介抱はとりあえず彼女に任せて、わたしはスティンキーをとっ捕まえるべく追いかけた。
するとやつはぎょっとした顔で振り向いた。

「しつこいぞレディ!いつもなら諦めるのに!」
「今日だけは絶対に譲れないのよ!」

わたしにイタズラの濡れ衣を着せたり、家の前に落とし穴を掘られたり、干していた食べ物を盗んだり、夜中わたしの家の屋根の上でタップダンスを踊ったりしたのは許してきた。
でも今日だけは!今日だけは!シフォンケーキ!ムーミンの顔!
もはやケーキ目当てというより意地になってるスティンキーはムーミン谷を駆け抜ける。わたしはただひたすらその背中を追う。途中、出会ったミムラのおねえさんが声をかけてきた。

「レディー!スティンキー!そっちは危ないわよ!かけっこするならもっと向こうに・・・」

しかしその声はあっという間に後ろの方へと消えていった。なにか忠告してくれた気もするが、足を止め振り返る時間などない。その時だ。突然目の前を走るスティンキーの足が止まった。チャンス。そのままやつに飛びかかる。

「捕まえたっ!」
「ちょ、レディ!来んな!」

するとやつは叫んだ。ぐらりとバランスを崩す。そこで唐突に思い出した。この場所、スノークが空飛ぶ羽を作る時に実験で使っていた崖!ミムラはそのことを教えてくれたのだ。そのままわたし達は真っ逆さまに崖下に落下する。

「キャー!」
「お前のせいだレディ!」

スティンキーの断末魔とわたしの悲鳴。恐る恐る下を見ると、驚いた顔でこちらを見上げるスナフキンと目が合った。
彼は慌てて釣り道具を放り投げて両手を広げてくれる。

「レディ!」
「スナフキン!」

ナイスキャッチ!しかしわたしを受け止めた衝撃でスナフキンは尻もちを着いてしまった。おかげでわたしは怪我してないが。慌ててスナフキンの顔を覗き込んだ。
すると彼は案外平気そうに笑った。

「だ、大丈夫?怪我してない?」
「大丈夫だよ、レディこそ大丈夫?」

その質問に大丈夫、と頷いた。
尚スティンキーはわたし達の横に頭から撃墜している。バスケットも横に転がっていた。それを見るとわたしは、スナフキンの上から下りて彼を助け起こす。
そしてバスケットの中身の無事を確認しつつ拾い上げ、スティンキーをちらりとみた。

「生きてるかなあ」
「スティンキーなら平気さ」

スナフキンはスティンキーの無事をろくに確認せず先程投げ捨てた釣り道具を拾っている。割とそういうところあるよね。
そんな彼が身支度を整えるのを待ってから、彼を家へと誘った。

「助けてくれてありがとう、うちでお茶飲む?ムーミンとミイも呼ぼうと思うんだ」
「ちょうどお茶の時間だね、行くよ」

本当はスティンキーのやつを署長さんに突き出すつもりでいたがこれだけ痛い目にあったのなら大丈夫だろう。わたしたちはまだ地面にめり込んでいるスティンキーを置いてさっさと家へと向かうのだった。

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