「ねえスナフキン、この星のうちのどれが彗星なの?」
「さあね」

みんなで協力して崖をのぼりきり、ようやく頂上の天文台についた。
そこでスニフが空を見上げながらスナフキンに問うたが彼もどれが彗星かはわからないようだ。宝石箱をひっくり返したような満点の星空だもの、仕方がない。
ムーミン谷からでもたくさんの星が見えるがここからの星空は絶景だった。

「ここからじゃわからなくても天体望遠鏡で覗けばきっとどれが彗星かよくわかるわ」
「ようするに、心配するほど彗星は近づいていないってことよ」

そして4人でそう話し合いをしていたが、ムーミンはひとりリュックから先ほど拾った足輪を取り出して自分の足に嵌めたりしてまだ上の空だった。恋の病は重症だ。

「ねえムーミン」
「ん、何か言った?レディ」
「いい加減その輪っか仕舞いなさい。天文台にはいるんだから」

とうとうミイにそうどやされて、ムーミンはようやくその足輪をリュックに大事そうにいれて立ち上がった。そう、わたしたちはこの天文台のためにここまで来たのだ。



「おじゃましまーす」

そう言って中に入ると、たくさんの学者たちと大きな大きな、私の家よりうんと背の高い天体望遠鏡があるのが見えた。その周りにいる学者たちはなんだかざわざわとして落ち着きのないように見える。やはり大変なことが起きているのだろうか。
ムーミンはそんな中で意を決した風に1歩を踏み出し、1番そばにいた机に向かう学者に声をかける。

「こんばんは」

しかし学者は無視。今度は彼の肩を揺すりながら声をかけた。

「こんばんは!」

すると学者はようやく気づいたようだったがムーミンをちらりと一瞥するとすぐに机の上に向き直ってさも鬱陶しそうな声を出す。

「ん?また来たの、きみ。だめだめ、ほか行って聞いてくれ」
「あの、ぼくここ来たの初めてなんですが」

しかしムーミンがそう反論すると学者はようやく顔をしっかりとあげまじまじとムーミンの顔を見た。

「ああ、そういえばあれは女の子だったな」

男の子らしいムーミンと女の子を見違えるなんて酷いわ。
しかしムーミンはそんなこと気にしていないようで学者の言葉に嬉しそうな興味を示した。

「女の子?」
「この忙しいのに足輪がどうだとかこうだとか・・・」
「足輪・・・!あの、その女の子に前髪ありましたか?耳の後ろに花を飾ってましたか?」
「そんなこと覚えとらんよ、私の頭はいま彗星のことでいっぱいなんだ!頭だけではないぞ!わたしの胸も張り裂けそうなんだ!ああ!彗星が近づいてくる!ああ、待ちに待った彗星がもうすぐやってくる!ああ!もうすぐよ!」

そのまま学者は立ち上がってもうすぐ、もうすぐだと歌うように言いながら小躍りしてどこかへ行ってしまった。
ムーミンは呆然とそれを見送る。ここにまともに話ができる人はいないのかしら。そして辺りを見て回っていたミイがムーミンに駆け寄って尋ねた。

「ねえ、なにか分かった?」
「・・・うん、わかった」
「なんて?」

彼女はわくわくとした声だ。ああ、期待しない方がいいわ、ミイ。

「フローレンがここに足輪を探しに来たって。あの子レディが言ったように谷底に落ちてないよ」
「・・・だめだ、ムーミンの頭はあの輪っかっかでいっぱいだ」

ほらね、呆れて空を仰いだ。そんな中珍しくスニフが頼もしげにぼくがちゃんと聞いてくると行って駆け出した。わたしも行く、と声をかけてスニフを追う。

「えーと」
「スニフ、こっち!」

そして誰に訊ねるか迷うにスニフに上の方で天体望遠鏡を覗き込む男を指さした。彼は頷いて階段を駆け上がりそこを目指す。
そこで望遠鏡を覗く髭の学者に声をかけた。

「こんばんは!」
「ん?」
「あのー、この天文台には立派な学者が大勢いて、いままでにも彗星をいくつも発見したそうですね」

ムーミンパパの受け売り。一度望遠鏡から顔を上げたが、褒めたにも関わらずヒゲの学者はさして嬉しくもなさそうな顔でまた望遠鏡を覗き込むのだった。

「うんまあ、そうだ。今度の彗星は特に美しいからわしの名前をつけようと思っている」
「素晴らしい!彗星もさぞ喜んでいることでしょう!偉大な名付け親を持って」

うーん、そらにしてもスニフの口のうまさは天下一品だった。これで度胸があれば文句ないのだが、天は二物を与えずのようだ。
だが今回ばかりは口のうまさだけでことが上手く運び学者は快く天体望遠鏡を譲ってくれた。

「そうだとわしも嬉しい、どう君見てみるかね」
「そこから彗星が見えるんですか?」
「そうさ、君は天体望遠鏡で彗星など見るのは初めてだろ。きっとびっくりするよ」
「あの、ぼくはお話聞くだけで・・・そうだ、レディ先に見なよ。レディファーストだ」
「あらスニフ、せっかくこちらの立派な学者さんがスニフに是非って言ってるんだからあなたから見るべきだわ」

嫌がって後ずさりするスニフの背を押して前に出した。しかしわたし達の押し問答に気がつかない学者がスニフにさらなる追い打ちをかけた。

「それが日に日に大きくなってきてね、3ヶ月前に観測したときから比べるともうノミとゾウみたい!」
「ええええ遠慮します、ゾウみたいな彗星なんてそんなきもちわるい」
「わたしの彗星にケチをつけるのかね、キミ」

あーあ、先ほど口のうまさだけで大丈夫だったとは言ったがやはり度胸のなさが裏目に出てしまった。

「スニフ、遠慮はだめよ」
「ああ、遠慮してるだけね。さあここにきて。お嬢さんは後ろに並んでて、後で見せてあげるから」
「ああレディ!きみのせいで誤解されたよ!」
「みんなー!上がっておいでよ、スニフのつぎに望遠鏡覗かせてくれるって!」

スニフがなにか言ってるのが聞こえたが階段の下にいるムーミンたちに声をかけていたのでぜんぜん聞こえなかった。
そんなことをしているうちにスニフもとうとう腹を決めたようで望遠鏡を覗いた。

「どうだ、見えたかね」
「何も見えません」
「顔をちゃんとレンズにつけるんだ。片目を瞑った方が見やすいよ」
「こうですか?」

スニフはそう言って右目を瞑った。そして学者に言われるがまま瞑った右目をレンズにつける。なにしてるのよ。学者が呆れた顔でスニフの大きな耳を引っ張り左目がレンズにつくよう顔をずらした。

「見えたかい?」

学者が訊ねるとスニフはやっと声をあげる。いいなあ、やっと見れたんだ。はやく彗星が見たくてうずうずとした。

「わあ燃えてる!」
「どうだ、美しいだろう」
「す、すごいですねえ」

そしてスニフがやや怯えたように後ろに下がったので今度はわたしが望遠鏡の前に立って覗き込んだ。大きな火の玉のようなものが目に飛び込んできた。これが彗星かあ。確かに学者の言うように今まで見たどんな宝石よりも綺麗だと思った。

「きれい、すごいわ。こんなに大きいなんて」
「そうだろう。これからますます大きくますます美しくなる」
「ますます大きく?」
「レディ、はやく代わっておくれよ」
「ええ。すごいよ、ムーミン」

ムーミンも望遠鏡を覗き込み、感嘆の声を漏らした。もう一度見たいな、そう思っているとスニフが怯えたように学者に訊ねた。

「あの、彗星はぼくらがいるこの星にぶつかるんですか?」
「もちろん!」
「もちろん?」

スニフは卒倒したように後ろに倒れ掛かり、スナフキンが支えてやっている。そのまま今度は彼が訊ねた。

「ぶつかったら、どうなるんです?」
「しらん」
「しらん?」
「そんなこと知るわけないだろ、この星より大きな彗星がぶつかるのは今度が初めてなんだ」

今度はムーミンが学者の言葉に驚いたように望遠鏡から顔を離したので、ミイはムーミンの身体をよじ登り望遠鏡を覗き込み、でかいと呟く。

「だからぶつかるまでのきちんとした記録をとることがこの天文台の大切な仕事なんだ」
スニフがますます死にそうな声を出して脱力してスナフキンに倒れかかったので支えるのを手伝ってあげた。
「で、彗星はいつくるんです?」
「わしの計算では8月7日の午後8時42分だ、4秒ほど遅れることも考えられるがそんなことは問題じゃない。大事なこと彗星があと3日でやってくるということだ」

そうなんてことのないように学者は言い切り、空を指さした。

「3日!」

わたし達5人は声を揃えて悲鳴のように言う。そしてそのまま転がるように天文台を飛び出して真夜中のおさびし山を下って行った。
はやく、はやくムーミン谷に帰らないとパパとママに会う前に彗星がこの星にぶつかってしまうのだ!

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